大阪都構想をピークにして維新の会は退潮するのではないか

大阪都構想が再び住民投票にかけられるという。「大阪市を廃止する」と言わずに「東京みたいにする」といったところにマーティングセンスを感じるが、いまひとつ意図がわからない。誰も教えてくれないので勝手に考えたのだが、おそらく民主党が政権を奪還したのと同じ構図なのだろうと思う。つまり、都構想が実現した時が維新のピークになるのではないだろうか。

まず、大阪都構想をおさらいする。人口約230万人の大阪市を4つに分割するという構想だ。100万人以下の自治体が4つできるのだが、なぜかこれが市ではなく特別区になる。4つの区は淀川地域・北・港湾地域・南(天王寺地域)になるようだ。




このほど公明党と大阪維新の会の間で基本合意がまとまったという。自民党が外れている。4月から6月までの間に住民説明会をして案をまとめ11月初旬に住民投票をやるそうだ。「暖かいうちにやる」といっていて11月は暖かいのかな?と思ってしまった。理屈のための理屈なので実はどうでもいいのだろう。

大阪維新の会の説明ページを見てみたのだが、2012年の民主党マニフェスト同じ危険な香りがする。大阪市と大阪府は仲が悪く両方が同じようなプロジェクトをやって失敗しているから大阪市を廃止すると言っている。理由になっていない。論理的に考えるとこれがおかしいことはすぐにわかるので結論ありきの説明だ。大阪市と大阪府はともに維新の会が首長なのでこのままでも仲良くできるはずである。また仲良くなったからといって大阪がよくなるかどうかという保証はない。二つとも破綻したと言っているプロジェクトがあるがこれを一つにしたら成功するという保証もない。

そもそも大阪の経済が悪くなったのは、製造業・軽工業(繊維など)に依存していたからだろう。こうした産業が中国に流れたので雇用が悪化している。だから、次世代型の産業を再誘致しないと経済も再浮揚しない。ところが、アメリカのラストベルトの事例を見てもわかる通り人々は現実を直視しようとはしない。そこで、官僚が仲が悪いから大阪がダメになったと論点をすり替えて制度論に持ち込んだのだろう。

日本は結論ありきでそこに心象を正当化するエビデンスを積み重ねてゆくというのが政治議論だと置くと、大阪市廃止という目的が先にありそれに向けて理由付けを考えているように見える。それに「具体的な数字」を足して科学的・数学的風味を付け足している。日本人が好きな手法だ。それでも2015年の議論では法的拘束力のある住民投票で危うく過半数に届くところだったそうだ。

結論ありきの議論なので反対派も「維新の挙動が気に入らない」という印象論に依存した反対論になっている。このため議論が全く噛み合わない。なんども日本人の議論が噛み合わない理由は考察してきたが、大阪都構想には典型的な要素がこれでもかと詰め込まれている。もともと組織間競争であり結論が決まった議論が行われているだけなのだ。おそらく本質的に重要なのはこの間に「本当にやらなければならない改革」ができないという点だろう。こうしている間にも世界の経済は成長しているのでどんどんと置いて行かれるわけだ。

では実際には何が狙いなのか。まず当事者の大阪の人たちに聞いても答えは返ってこないだろう。大阪の人は外の人からいろいろ言われると「なんや知らんけど」といって言葉を濁してしまうようだ。維新に人気がある理由を何回か聞いてみたのだが明確に答える人はいなかった。

そこで、大阪市と大阪府議会の構成を調べてみた。大阪市は維新が過半数にちょっと足りない程度の議席を持っている。人口は約230万人である。一方大阪府議会は維新が過半数を持っていて人口は880万人程度だ。

維新が「自分たちの好きにしたい」と考えた時、この大阪市の<抵抗勢力>が邪魔になる。公明党も今は維新の政策に同調的だが、中央では自民党と歩調を合わせていたりしている。あまりあてになるわけではないのかもしれない。維新の側に立つと「こういう人たちの力を削ぎたい」と思うのは当然だろう。おそらく当初の動機はそんなところだったのではないだろうか。維新の会の代表である松井一郎大阪市長は、もともと自民党の府議だった人である。つまりもともとは自民党の内輪争いだった可能性が高い。

大阪市・大阪府には南北問題があるそうだ。淀川以南の地域は経済的に劣位である。維新の会は国政では堺市の南から和泉地区にかけて小選挙区で議席を持っている。丸山穂高さんが離脱するまでは3選挙区とも維新の議員という地域だった。大阪市の中央部にはまだ「現状に満足していて古いものを今更変えたくない」という人たちが残っているのだろう。ちなみに北部では辻元清美さんが選出されている。京都にかけて社会主義勢力が強い地域もある。大阪は地域によって政治風土が違うという面白い特色がある。

こうした対決に勝つためには不満を持っている人たちを取り込んで「既得権を持っているあの人たちが悪い」と指をさすのが早い。これが「民主党に似ているなあ」と感じる主な理由である。維新は国政では安倍官邸を「憲法改正を目指す改革派」と持ち上げた上で守旧的な勢力と切り離して考え、同時に社会主義勢力を攻撃している。おそらく地域の情勢を反映しているのだろう。

このように書くと「維新に反対」で「大阪都構想に反対」のように聞こえるかもしれないのだが、部外者としては大阪がどうなっても別にどっちでもいい。ただ、問題はそのあと成果が挙げられるか。万博の誘致やIRの誘致に成功しそうなのでこれを起爆剤や延命装置として使うことは十分に可能であろう。だが恩恵は地域全体には行き渡らない。都構想は「実現すればすばらしいのに自民党が妨害している」という主張には使えるが実効性には疑問があるので、実行した途端にしぼんでしまう可能性が高い。

因果関係が曖昧なまま「改革」に進むということは良くあるのだが、日本の場合はスィングバック(揺り戻し)しないで「どっちみち政治に改革など期待しても意味がないのだ」と諦めて政治離れが起きてしまう可能性が高いと思う。民主党政権も「官僚を叩けば消費税増はしなくていい」という主張に対するカウンターは起こらなかった。

維新の場合は都構想が成就した時点で目標が達成されてしまうので、そのあと不満をそらす材料がなくなる。国政では無限に借金すれば痛み止めくらいは処方できるが大阪はそれができない。ある意味行く末が注目される。