縄文人・弥生人という神話

新日本人の起源という本を読んだ。「縄文・弥生」というのは神話であると書いてあり面白かった。副題に神話からDNA科学へと書いてあったので比較神話学の話からDNA研究を結びつけているのだと持っていたのだが、そうではないようだ。




まず、現在我々が馴染んでいる日本人論は、まず縄文人という人たちがいてそこに稲作文化を持った弥生系の人たちが入ってきたという成り立ちになっている。これは大和朝廷時代に作られた神話がもとになっているのだろうと思う。天孫が降りてきて国津神たちと協力して国を作ったことになっているからである。

さらに現代日本語の理解も同心円状になっている。日本語には関西アクセント地域があり、その周辺に東京型アクセントが残っているという周縁論だ。蝸牛考(カタツムリ)などが有名だ。これも在来の人たちがいて、そこにあとから別の人たちが入り込んだと考えるとわかりやすい。

ところが最近はDNA研究をもとにこの学説が覆りつつあるようだ。ここにあげた図は本に描いてあるモデルというわけではない。おそらく細かい地域に関しては間違いを含んでいるだろう。

基本的には暖色系の言語と寒色系の言語の二つの中心があったという学説になっている。だが、それだけでも説明ができない。アイヌ語と東北・東日本の言語は系統が全く異なっているし、関西アクセントは西日本でも特殊なものである。どうやらDNA研究と合わせるとかなり複雑な経緯をたどって形成されているらしい。

面白いのは、この学説が、関西ではなく九州に言語的起点を置いているという点である。そのもとになっているのが未完と完了を分ける北部九州の言語である。

九州北部の言語には解く・解きよる・解いとるという三つのアスペクトがある。これが過去形になると、解いた・解きよった・解いとったとなる。命令形も解け・解きよけ・解いとけとなる。原型(アオリスト)・未完・完了のセットだ。標準語話者にはおそらく理解できない表現だろうし、現在のネイティブ話者もこの違いを厳密に学校で教わることはない。

例えば、問題を解きよけは「今解いていなさい」という意味になる。解いとけは「もう解いていなければならないのになぜやっていなかったんですか」という意味だ。解けにはそうした時勢概念がない。単に問題を解きなさいという意味になる。

以前にも書いたが「雨が降りよる」は「今雨が降っている」という意味で過去からの継続を意味する。一方「雨が降っとる」は地面が濡れているのを見て「雨が降っていたんだな」という現在完了を表す。西日本出身者が英語の現在完了を理解するのが難しくないのは、西日本人が日本語に現在完了と似た考え方を持っているからだ。

このセットが厳密に守られているのは九州北部だけで九州南部では崩れているそうだ。また西日本の言語にも完全な組み合わせは残っていないという。さらに遠く離れた関東地方でも崩れている。このことから周縁に行くに従って文法が崩れてゆくことがわかる。

調べたところ韓国語にもこの組み合わせがあるという説明になっているものがあった。九州の言い方をするとうまく言い表すことができるが現在の標準日本語では区別ができない。なお標準日本語で区別できないので普通の韓国語の教科書を見ると「特定と非特定」という説明になっているものや「現在連体形(는)と過去連体形(던)」となっているものがある。

  • 마시는 우유. 飲んだ牛乳
  • 마시던 우유. 飲んどった牛乳(まだ飲んでいる)
  • 마셨던 우유.飲みよった牛乳(もう飲み終わっている牛乳)

標準語から失われているせいで、現在の日本語研究では九州の言語はあまり重要視されない。もともとの共通語は日本語の中ではかなり特殊な関西アクセント地域の言語であり現在の共通語は東日本の言語である。

東日本は日本語の二つの言語センターから見て辺境に当たる。沖縄から入ってきたにせよ、朝鮮半島から入ってきたにせよ、樺太経由だったにせよ最も辺境にあたる地域だからである。

さらに東日本の言語がどんな言語であったかということはもっとよくわかっていない。本は最初「九州語」と「プロトアイヌ」というような書き方をしているのだがプロトアイヌと東日本の言語の関係については言及されていない。もともとアイヌ語を話していた人たちが大和朝廷に支配されて九州語(の方言)を受け入れたのかもしれないがそんな記録はもちろん残っていない。

東北方言は母音の構成が他の地域と違っていて中舌音を多用するそうである。これはアルタイ系(モンゴルやトルコ)などでよく見られるようだがアルタイ言語には母音調和がきちんと残っている。もしアイヌ語が母語であったとしてもアイヌ語と他のツングース系の言葉の関係もわからない。

北海道を除く日本が同じような文法を持った言葉であるというところまでは確かなのだが、細かく見てゆくと、九州語・関西語・東日本語という異なる可能性がある。さらにDNAを見るとアジア地域に見られる様々な民族の遺伝グループが入ってきてていとても単一の縄文・弥生という単純な構造では説明ができそうにない。

縄文・弥生という組み合わせが一般化したのはおそらく戦前の日本が大和朝廷によって日本人という民族を作ったという神話があったからだろう。その上に東京の人たちが西日本諸語を理解しないまま神話を仕立ててしまった。一度、神話体系を作ってしまうとそこから抜け出すのは大変だ。新日本人の起源はそのあたりの批判にかなりの時間を割いている。

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