新型コロナの犠牲者 :「絆」があっても最悪の結論を選ぶ人たち

練馬区のとんかつ屋さんのご主人が火事で亡くなったそうだ。毎日新聞に記事が出ている。普通ならよくある地域面のニュースなのだが、ちょっと事情が違ってみえた。新型コロナウイルスで経済の先行きが見えなくなる中で油をかぶって亡くなったのではないかと見られているそうだ。




毎日新聞の記事には店名が出ていないのだが、東京新聞には名前が出ている。東武練馬駅の近くにある普通のとんかつやさんだった。店の名前も店主の名前も出ている。周囲に延焼しかねない状態だったのだから地域から非難されても不思議はないと思う。だが、記事にはそのようなコメントはなかった。つまりそれだけ心情が理解されていたということだろう。

練馬区の有名人を紹介するJCOMにビデオインタビューが載っている。お兄さんは推薦で大学に入ったが自分はお金がないのでお金を貯めて一浪して法政大学の2部に入ったそうである。

現在54歳ということだがそのあと日本大学の大学院にも通ったという。大学院を修了して奥さんの実家のとんかつ屋さんの店主を名乗るようになった。家では三姉妹の娘さんたちと奥さんから感謝状をもらうほど仲が良かったそうである。

まずこの経歴からわかることは、三代目として継いだとんかつ屋を維持することがプレッシャーになっていたのだろうなということだ。簡単に「事業継続」などというのだが「家業」という重みを忘れがちになっているということに気がつく。

心情的にも理解できるところが多い。

東京オリンピックの聖火ランナーに決まっていたそうだが、東京オリンピックが延期になり、そのうちに緊急事態宣言が出てお店の営業が難しくなった。持ち帰り営業をやろうとしたが29日には「もうやめたい」と漏らすようになった。30日には練馬区役所に相談に行っていた。

先が見えない中で絶望感を募らせていった様子がわかる。

ただ特異な点もある。自殺というと「孤独の中で精神的に追い詰められて」というイメージを持ちがちだ。だが、孤独の中で絶望を感じていたわけではないようだ。近所の商店街関係者に相談しているし練馬区役所にも相談にいっている。さらにSNS(Facebookのようだ)にもコメントを残しているらしい。つまり、まったくつながりがなかったわけではない。それどころかかなり密なつながりを持っていたことがわかる。

おそらく、近郊都市にはまったく周囲と孤立してしまっている人などいくらでもいるだろう。その人たちに比べてみれば恵まれていると言えるのかもしれない。それだけにこのニュースは深刻だと思った。「つながりがあるにもかかわらず、もう死んでしまおうというくらいの絶望感が共有できない」という事情があることになるからだ。

絆は役に立たなかったということである。そればかりか絆ゆえに前向きな言葉も残している。これが却って真面目な人を追い詰めたのではないかと思う。「あなたの命を、家族を、大切な人を、社会を守るため、感染拡大を食い止める。その言葉を改めて心に刻みました」と刻んでいるそうだ。日本社会は弱音を共有できない。強さと前向きさを周囲から知らず知らずのうちに強要されてしまう社会だ。そればかりかおそらく自分自身にも前向きであることを強要する人が多いのだろう。

自殺が取り返しのつかない行為であり家族にもおそらく一生消えることがない心痛を与える。これはおそらく最悪の選択の一つだ。また、火事を起こせば隣近所に燃え広がることもある。しかし、先代からの責任を引き継いで新型コロナで追い詰められる中、おそらく冷静な判断力は失われていったのだろう。過度な前向きさが求められる社会で「絆」が役に立たないという点も重要なように思える。

マラソンが趣味で頑張り屋さんのとんかつ屋さんのご主人は、死ぬくらいなら泣き叫んだりTwitterで政府の無策に抗議した方が良かったと思う。よく政権批判などしても何も変わらないなどという人がいる。だが、こうした破滅的な選択が抑止できるなら気にせず叫んだ方がいい。それを批判する人はどっちみち苦悩を共有してくれない。最初からいないも同じ人たちである。

今回のシリーズでは割とさらっと「課題を共有できず協力ができない日本社会」について書いている。ただ、その課題を共有できない社会を是認しているわけではない。おそらくそれは少なからぬ人を破滅的な選択に追い込んでゆく。今回のケースではおそらく多くの人が追い詰められてゆくことがわかっている。だが、一人ひとりにとってみればそれは「自分だけの不幸」なのである。

そんな選択をするくらいなら多少周りに迷惑がかかっても思う存分叫んだ方がいい。取り返しがつかなくなる前に。

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