#検察庁法改正案に抗議しますに呼応する人たち、それに焦る人たち

Twitterで「#検察庁法改正案に抗議します」というタグができていて大勢の芸能人が参加している。昼の時点で200万回以上tweetされていて最終的には380万になったそうだ。今回はこの潮流の変化について考える。




まず「#検察庁法改正案に抗議します」について評価してみよう。正直多くの人たちがこの検察改革について理解しているとは思えない。もともと東京高検の黒川検事長の定年延長問題から始まっているのだが、その時には全く盛り上がらなかった。ちなみに黒川検事長の誕生日(本来の定年日)は2月であり、NHKの記事は3月25日のものである。実はそれほど古い話ではないのだ。

さらに流通している図式も間違っている。検察は司法組織ではなく黒川さんの定年延長が3月の法律で決まるわけではない。この図表はフリー素材ということで出回っているようだが誰が作ったものなのかはよくわからない。この図自体はきれいにできてはいるが落書き程度のものである。

だが380万Tweetは事実である。政治運動が新しい形で始動したと見て間違いはないだろう。

今回のハッシュタグは芸能人に賛同者が多く、それに追随している人たちが多い。芸能人たちは安倍政権が芸術を後回しにしているということに気がつきさらに家の中で時間ができたのだろう。

芸能人たちはおそらくこれまで政治的問題について調べたり考えたりする時間がなかったのではないかと思う。自粛により「おうち時間」が増えたことにより考える時間ができた。加えて協力して「おうち動画」を作成する動きもできている。これが社会的な協力運動につながったと考えられる。おそらく新型コロナでの自粛がなければ業界全体の雰囲気がガラッと変わることもなかったはずである。こうして日本の政治は空気によってふわふわと流れてゆく。

おそらく、事実とは異なった図表が流れてゆくところから見ても、三権分立やチェックアンドバランスといった理論には興味はないだろう。だが、人間関係や相関図には極めて敏感に反応する。だから「みんなが反対している」となるとその流れに乗って大きなうねりになるのである。

さらに都合の悪いことに「政権が検察人事に介入してある種の誘導を行ってきた」ことは事実である。週刊文春の書いていることは世間の了解事項だ。おそらくこの背景について興味を持つ人が出て来れば出てくるほど安倍政権にとっては好ましくない事態になってゆくだろう。

一方、これに焦る人たちが出てきている。それがネトウヨである。実は彼らも論よりも「みんな」に依存してきた。

安倍政権は2012年以降支持者たちを政治議論に惹きつけてきた。政治についてはよく知らないが上から目線で誰かを叩きたいという人たちにとって安倍政権時代は居心地が良かったはずだ。「みんなが安倍政権を応援していて自分たちはみんなの側である」と言えたからだ。

フジテレビが最近維新系の人たちを押すようになってきた。彼らは発言が明確で数値目標を立てたりすので「わかりやすく」感じられる。政権に対してズバッと物事を言うという姿勢が好感されているようだ。

このことから日本人は特に政権批判を嫌がっていたわけではないことがわかる。むしろ上から目線で政治を叩きたがる。ネトウヨたちは理想主義の左翼や中国・韓国など彼らが勝手に下に見ている国を勝手にアンダーカーストにして叩いていただけなのであろう。「忙しくさせておき、下を見て暮らさせる」のは日本人統治の基本である。

うすうす自分たちは体制の側にいないということを知っている人たちは中国・韓国や社会主義者を必要としている。アンダークラスの存在なしには体制に属しているという感覚を維持できないからである。社会主義者もまた抗議する対象を必要としている。つまりこれは共依存だ。

今回の動きはこの共依存の外で起こっている。おそらく新型コロナで生まれたのは「考える時間の増加」と「アンダークラスの変化」なのだろう。NHKがこの問題を取り上げたのが3月25日だからわずか1ヶ月の間に急激な変化が起こったことがわかる。

今後は政権を私物化する政権よりの人たちがアンダークラス扱いされることになるかもしれない。この変化は民主党が公共事業攻撃をした2009年よりも急激に起こっている。SNSの登場によってあっという間に時代の流れが変わることがわかる。これまで仮想万能感に浸って弱いものいじめをしていた人たちも少数派になってしまう。いわゆるネトウヨと呼ばれる人たちがそれに耐えきれるかどうかはわからない。おそらく時代の変化を感じられない人はかなり苦しむのではないだろうか。

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