もうごまかせない:検察改革に声を上げた人たちは時代の鏡になっている

大勢の芸能人が検察庁改正案がおかしいと声を上げ始めた。事実誤認もあり怖くなって発言を取り下げた人もいるようだが、全体としては概ね望ましい方向に向かっているように思える。いわゆる「サイレントマジョリティ」が必ずしも政府を信任していないことはわかった。彼らは単に忙しくて政治や暮らしについて考える時間がないだけだったのだ。一部の事実誤認を機にする必要はない。単に勉強すればいいだけのことだ。だが「あれ、これっておかしいのでは?」という素直な感覚は勉強して身につけられるものではない。




今回の検察庁の問題は自己保身に躍起になっている政権と官僚が新型コロナ対策そっちのけで「どうやったら嘘をつき続けることができるか」と考え抜いたロジックに対して多くの国民が「それはおかしいのでは?」と声を上げ始めたという事件である。実はそれほど難しい話ではない。ただ、芸能人たちがそれに気がつくことはなかった。彼らは忙しすぎたのである。

なぜ、芸能人が声を上げたのかということをもう一度確認しておく。おそらく次の三つの事情があるだろう。

第一にこれまで彼らは自分たちのやりたいことだけができればいいと考えていた。だが、実は政治や社会の動きによって活動ができなくなる時代が来かねないことに気がついた。そしてそれについて考える時間ができた。今回は疫病という天災がきっかけになっているのだがおそらく日本が戦争状態になっても同じようなことが起こるだろうし、政府が経済失策をごまかすために言論の統制を始めても同じことが起こるだろう。

次にコラボレーションを通じてSNS上でもつながることができるということに気がついた。一部のアーティストはおうちで協業を始めている。こうした動きは自発的に起こっている。おそらく俳優や歌手という共同作業をする職業の人たちがイニシエーターになったのは偶然ではないだろう。彼らはもともと社会化に長けていたのだ。

最後に彼らを縛っていたくびきがなくなった。これまでも芸能人が政治的発言をすることはあった。だが、大抵スポンサー企業に抗議が入り「事故物件扱い」となり発言ができなくなってしまう。山本太郎は2011年に反原発活動に携わるようになり事務所をやめている。おそらく原発に反対すると大きな企業がスポンサーするテレビなどには出られなくなるだろう。テレビにつながっている大手のタレントはいわば遊郭に閉じ込められた「きれいな」存在であって自由に社会発言をしてはいけなかった。

今回発言を取り下げたきゃりーぱみゅぱみゅさんはテレビにタレントを輩出した大手の事務所のタレントではなかった。小泉今日子さんも個人事務所を立ち上げている。タレント事務所ではなく制作会社だそうである。徐々に大手事務所離れが進んでいる。その他の人たちも実は芸能事業以外の事業をやっている事務所に所属したりしている。徐々にテレビ離れが進んでいることがわかる。

これまでなんとなくやりたいことができていた人たちが仕事がなくなってしまったのが今回のきっかけになっているのだが、実は「もうテレビやスポンサーは頼れない」という人たちはたくさんいた。今回はこれが顕在化しただけで、おそらく今後政治的発言をする芸能人は増えてゆくだろう。

テレビが巨大な悪の組織としてアーティストの言論を支配していたなどと主張するつもりはない。実際には様々なしがらみでがんじがらめになっていたのだろう。だが皮肉なことに新型コロナ禍ではリモート出演が盛んになりテレビのYouTube化が進んでいる。

テレビから自前の劇場にシフトしようとしていた吉本興業は事務所を通さない仕事は「闇営業」などと言っていた。だがテレビ経由の営業が絞られる中で「闇営業」を認めざるをえなくなっている。例えば一部はYouTubeに活動の場を移している。今回の「おうちブーム」で自発的にYouTubeに移るようになれば視聴者も増えるだろう。こうして積極的に社会ネタや政治ネタを扱う人たちも増えてくるはずである。

実はこうした流れは個人にも及ぶだろう。多くの企業が副業解禁に動かざるをえなくなってきてる。こうなると経済は個人の発言をしばれなくなる。我々はかなり大きな時代の変化の中にいるのである。

つまり、これは新型コロナをきっかけに始まったわけではなく数年前から続いているテレビの不振と地続きになっているのかもしれない。さらにいえば既存の経済からの脱却を余儀なくされているのだ。今回のコロナ禍でリモート出社に対応できない程度の会社はもう生き残れないと思ったほうがいいだろう。

芸能人は自由に発言できるようになり従業員も経済的利益を求めて副業に手を出す。こうした時代の中で、おそらくこの動きに最後まで気がつかないのが政治だろう。税務上給与外収入はほぼ雑所得扱いになってしまうのだ。

もちろん、政治や経済がそのまま国民を抱き込んでごまかし続けられればいいのだが一度嘘をついてしまった人はその後「あれは嘘でした」といえなくなってしまう。今回政治が検察改革に成功してしまえば彼らは時代の流れに取り残されてしまうことになるだろう。権力のロックダウンがさらに進行するわけだ。時代に取り残されたスキームはやがて滅びるしかない。

もしかすると今回の検察改革の動きは一過性で終わってしまうかもしれない。ただこの動きは世の中の潮流を割とよく映し出している。もう安定を盾にして個人の「あれ、これっておかしいのでは?」という感覚をごまかせなくなってきているのである。今回の動きを左翼が先導したフェイクであり99%は捏造されたなどと言っている人ほどよく考えたほうがいい。

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