そもそも検事総長を決めるのは誰なのか?

黒川検事長の問題が炎上している。巷では芸能人が生意気だとか安倍政権が独裁だなどと言われているのだが、なんとなく話がずれているなあと思っている人も多いと思う。そもそも「検察組織を管理するのは誰であるべきなの?」という話をしないで議論をしたつもりになっている人が多いのだ。そもそも検察庁は誰が管理しているのだろうか。




まず政府の対応をみてみよう。公明党からも慎重な説明を求める訴えが出ているのだが「強行採決をする場合には退出します」と宣言した自民党議員が委員を外されてしまった。単に強行採決しなければいいだけの話なのだが、おそらく「組織内造反」のほうが罪が重いという判断なのだろう。残念ながら自民党の自浄作用には期待できそうにない。

ただ、今回の政府擁護の意見の中には「民意である内閣が検察の人事権を握って何が悪いのだ」という意見がある。

まずはWikipediaを見てみたい。法律上は法務大臣の指揮命令を受けるということになっていて任命権者も内閣なのだが実際にはこう運用されてこなかった。

政治が下手に手出しすると「後ろ暗いことがあるからではないか」と非難されかねないからだ。このため半ば独立部隊として運用されており検事総長が事実上後継指名をするという状態だったようである。1983年以降は東京高検の検事長(検事長は高検の一番偉い人という意味である)が次期検事総長になるということに決まっている。

だがこれは法律ではなく慣例でしかない。Quoraで検事総長の既得権になっていると書いたところ現職の弁護士から「そんなエビデンスがどこにある?」という回答が来た。検事総長が勝手に決めているのではなく集団で決めているというのである。内部ではそれなりのプロセスが出来上がっているようである。

おそらく法曹界では常識になっているのだろうが「仲間内だけで決めていいのか?」という疑問は残る。疑問は残るが少なくとも昭和後期から「そういうことになっている」のである。さらに調べると検察にはGHQがエージェントして使っていた組織があり今でも国会議員関連の問題を取り扱っている。

理論的には「独立部隊」となった検察がどこか別の国や特定の政治集団と組んで政権を潰すというようなこともできてしまう。特捜部は今でも「アメリカの息がかかっているのだ」などという人もいる。日米合同委員会が日本を指揮していて検察はそのエージェントになっているというのである。

つまり「有権者の代表である内閣」が全体方針を決めるために人事権を行使するという考え方自体はあってもおかしくない。これは今回のtwitterデモでは見逃されている視点だろう。

ただ、現実的には後継指名権が検察庁上層部の政治的装置になっていると考えるのが自然なのではないかと思う。アメリカ陰謀論は面白いがいささか作り込みが激しすぎる。

一方で安倍内閣は検事総長の人事に並々ならぬ関心を持っていたこともわかっている。本来内閣には国民目線で検察庁を統制して欲しいところなのだが、どうもそうはなっていない。国民目線なら「強行採決をやめてくれ」と訴える良心派議員を採決から外すはずはない。見た目が悪すぎる。

この件に関して内閣と検察内部に緊張関係があったことは実はよく知られている。文藝春秋が記事を書いている。黒川さんは広島に飛ばされそうになったが内閣が差し止めた。これは既得権への挑戦だと受け止められた。さらに内閣はライバルになっていた林さんを名古屋に飛ばした。これが「検察の既得権に二回も挑戦した」と見なされたわけである。

ここから見えてくるのは検察と内閣の危ない関係だ。検察は自分たちの独立王国を守りたいために政権に対して好意的なメッセージを送る可能性がある。だがそれが裏切られたと知った時「反動」が起こる可能性もあるということになる。

IR関連で現職国会議員が逮捕されたが東京ではこの種の事件は立件されないだろう。なぜならば東京は親内閣派が抑えているからである。だが、広島高検は反発していて河井夫妻の公職選挙法違反を躍起になって事件化しようとする。こんな噂や憶測が出ただけで検察の威信は失墜する。東京高検は政治に抱き込まれて無力化したと思われてしまえば「だったらいらない」という話が出かねない。

一方で黒川さん(と政権の威光)に反発する東京以外の人たちが事件を探し出してくる可能性もある。例えば河井元法務大臣夫妻の公職選挙法違反容疑は広島扱いである。河井さんをつぶせば菅官房長官が潰せる。ここに本当に政治的意図はなかったのかは誰にも証明できない。

ただこの手の話は単なる妄想かもしれない。実際に被害を受けるのは組織内統制である。

検察だけでなく安倍内閣は「えこひいき」を通じた省庁内軋轢をいろいろなところで生じさせている。この省庁内軋轢は外からは見えない。「どういうわけか仕事がはかどらない」という形でしか見えてこないのだ。例えば、多くの役所を集めて作った厚生労働省には省内抵抗勢力が多くいるはずだ。

内閣が政治に走れば走るほど官僚機構が自己防衛のために協力を放棄するようになるという図式は見えにくいが確実に国益を損なう。もともとの村がさらに細分化されてしまうのである。新型コロナ対策では「どういうわけか検査数が伸びないし明確な全体像もよくわからない」ということになっている、おそらく背景には自己防衛に走らなければならない組織の事情というものがあるのではないかと思われる。

Twitterデモにはおそらく継続性はないだろうと思う。こんな話はすぐに忘れられてしまう。すでに「検察は安倍総理を捜査しろ」というタグが出ている。こんなことが本当に起こったら大変なことになる。検察が既得権を守るために政権を陥れるというのは民主主義の明らかな破壊行為なのだが人々はもうそれに気づけない。安倍政権が作り出した民意と反感はそれほどまでに高揚しているのだ。

そもそも「三権分立の破壊と独裁」は本質ではない。実際には独裁ではなく組織の壊死が進む。おそらく今回Twitterデモに参加した人の100人に1人くらいはこの問題に気がつくかもしれない。

我々は一歩づつ進むしかない。

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