交戦権は訳語がよくなかった……

金森徳次郎の「憲法を愛していますか」を読んでいる。この中に交戦権の話が出てくる。日本は戦争を放棄したわけではなく、交戦権という用語が誤解されているだけなのだと主張していう。1962年に私家版としてまとめられた「憲法うらおもて」に載っていた文章だ。金森は1959年に亡くなっておりオリジナルの文章は1959年当時に発表されたものだそうである。自衛隊は既にできており安保闘争が激しかった時代である。金森は新安保成立を待たずに亡くなったことになる。




金森は憲法第9条は「紛争解決のための戦争を放棄している」だけで「戦争を全部放棄しているわけではない」と言っている。これを相対的戦争放棄であって絶対的戦争放棄ではないいうのだ。だが、長年の議論でこれを絶対的戦争放棄だと読み替える人が出てきたというのだ。

もともとマッカーサーは「紛争解決のための戦争も自衛のための戦争もどちらも認めない」という絶対的戦争放棄を方針としていた。S21.2.13の会議で示された草案もその線でまとめられたそうだ。だがS21.3.4の日米当局者の会議によって相対主義に変更されたと言っている。巷間「芦田修正によって自衛戦争が可能になった」というようなことが言われているが芦田修正が行われたのは8月だそうだからそれより前に決まっていたことになる。

だが憲法の中に自明に書いてあるからという理由で言葉の解釈は設けられなかった。日本の憲法には地方自治の本旨とか交戦権などよくわからない言葉がある。一方国会論戦では「国体」という憲法にはない言葉がどう表現されているかということが問題になったそうだ。

金森の説明によると交戦権というのは日本国が戦争する権利の意味ではないという。軍人が戦争をするとたいていの場合人を殺すことになる。命令に従って人を殺しても殺人罪に問われることはない。つまり軍人には何らかの特権があるわけでその特権のことを交戦権というと言っている。

日本は独立国家なのだから当然自分たちを自衛する権利自体は持っているのだが軍隊は持てないし軍人の特権(これが交戦権である)も認めないので戦争がやりにくいと言っている。

いずれにせよ、交戦権という「漢字では自明だが実は意味がよくわからない言葉」を使ったことでその後の議論は錯綜してゆく。金森は「交戦権という言葉は自分が憲法の説明をする時には既にあった言葉だが、それでも別の言い方の方が良かったのではないか」と反省している。「交戦状態から来る権利」とか「交戦者の権利」とした方が良かったのではないかというのである。

金森は、第1項で「侵略戦争を放棄する」とわざわざ言及しているのに第2項で遡って戦争全てを放棄するなどというおかしなことをするはずはないと説明する。そう聞くとそうだなと思うのだが、その説明が広く浸透しているとは言い難い。安倍総理はどちらも変えずに自衛隊を置くという条文を加えたいと言っている。だが、自衛隊を加えるならば1を残して2を書き換える必要がある。自動的になし崩しに拡大されてきた行動は一部制限されるだろう。日本域外の海賊対処行動やPKOの参加はできなくなる。それをやるなら3などを作って書き加えなければならない。歴史的経緯が当て役割が変わっているのだから憲法もそれを機械的に捕捉しなければならない。

日本は自衛戦争を放棄したわけではないのだから現行憲法でもOKだと考えたくなるのだが、おそらくそれは早計である。金森は、日本は防衛戦争を放棄したわけではないがその手段は放棄したと言ってしまっている。つまり、当時自衛隊のような軍隊を持つという想定はなかったということだ。

おそらく自衛隊は応急措置だった。そもそも日本の防衛はアメリカがやることになっていたが朝鮮戦争が怒ってしまうので日本が手うすになる。そこで代理部隊が「アメリカが戻ってくるまでの間」持ちこたえてくれるようにと自衛隊を置いたのだろう。

順番としては朝鮮戦争が1950年6月25日に始まった。サンフランシスコ講和条約が1951年9月である。この時に日本には集団的自衛権による自衛が認められ日米安保条約が結ばれた。アメリカは日本占有の実績を作ろうとした。だが自分たちが言い出したことにすると具合が悪い。そこで日本からお願いされたことにした。

日米安保(旧)は日本は自衛権を持っていて防衛力を独自構築すべきだがその準備ができていないのでしばらくの間アメリカに止まって欲しいと言っていると主張している。そうしないとソ連を日本から排除できないのだ。そして日本は外国から攻撃されるかもしれないし外国からそそのかされて内乱を起こすかもしれないからアメリカがそれを守ってやると言っている。次にアメリカには優先権があり外国の軍隊はアメリカの同意なしには駐留できないと書いている。ずいぶん都合の良い条約である。アメリカにも本音と建前はある。

実態として日本が防衛のための軍事力を置こうとしてもおそらくそれは許可されなかったであろう。本音としてはアメリカが好きにできる市場を確保したのだからそれがなくなったり日本人の手下がに勝手に行動してもらっては困る。自衛隊はおそらくこうやって生まれた。

おそらくその曖昧な分かりにくさは国民との間では共有されてこなかったのだろう。この後で日米同盟は改変されて「日本が国際的に認められている集団的自衛」のための枠組みに変わる。どこかのタイミングで実行部隊に憲法上の格を与えるための憲法改正をする必要があったがそれは認められなかった。

日本は自衛権はあるが自衛のための装置がない状態だというのが当時の憲法担当大臣の認識だったわけだから当然憲法改正が必要だ。つまり、今の自衛隊は憲法違法である。ただそれは自衛隊がいけないことをしているというわけではない。単にルールを変えていないから形式的に違反しているというだけの話である。

なぜそうなったのだろうと考えたのだがよくわからない。おそらく日本にはソ連と組んで労働者を解放したいという人たちがいた。彼らはまずアメリカに自衛権が取り上げられると言って憲法第9条に反対し、次に自衛隊を作ったらアメリカの占領が恒久化するといって日米安保に反対した。おそらくソ連との協調とアメリカの排除が一貫した狙いであってその時々によって自衛がどう扱われるかということが相対的に変わるのだろう。この作戦は一部成功した。共産党が支持を広げることはなかったが、「憲法を変えたら何か大変な戦争に巻き込まれるんじゃないか」という印象は残った。

金森のこの文章は安保闘争(1959年-1960年)最中に書かれている。その頃には既に当時の「交戦権に関する議論」が当初の説明を離れて錯綜していた様子がわかる。岸信介は日米安保の改正と同時に自衛隊を憲法に位置付けるための憲法改正をやらなければならなかった。おそらくは絶望的に説明が下手だったのだろう。その下手さが孫の安倍総理にも伝わっている。そして岸の後を引き継いだ内閣は誰もこの問題に手をつけなくなり現在に至っている。

もちろん交戦権という言葉がこの混乱の原因だとは思わないが漢字が持っている「何か自明な感じ」が混乱の一つの原因なのは確かである。地方自治の本旨にしても「文字通りの意味だ」と答弁されているのだが、字を読んだらわかるからといって定義がない用語を持ち出してはいけない。それは後々好き勝手に判断されて議論を混乱させることになる。

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