「渡部建」はいったい何に失敗したのか

アンジャッシュの「渡部建」が炎上している。1994年にデビューしたコントユニットの一人だったが、司会やグルメ系の情報発信で有名になり、きれいな奥さんをもらって子供を作った。だがその裏で浮気をしていたという。六本木ヒルズの多目的トイレに女性を呼び事に及んでいたということで「不潔だ」ということになったようである。今回は彼の経緯から我々が何を学べるかを考える。




もともと、お笑いに興味を持っていたのは相方の児嶋一哉だそうだ。児島は人力舎のお笑いスクールに補欠で入り何人かを相方候補として誘ったものの相方が見つけられず何人目かの候補として渡部を選んだ。児島はつまり「選ばれない」人である。だが人力舎のスクールの一期生としてはリーダー格だったという話もある。

最初は児島がネタ作りなどをリードしていたがのちに二人で作るようになったようだ。JWAVEのラジオで渡部の代役をやった児島は「10年ほど渡部の立場が上になりモノが言えなくなった」と言っていた。冒頭の泣きの部分はそれなりに評価されたがラジオはつまらなかた。インタビューの部分を聞いたが台本どおりに進行していれば良いと思っているようでインタビュー相手に全く興味を持っていなかった。王様のブランチでは司会代理として呼ばれることはなかったがおそらく妥当な判断だろう。おそらく力量を発揮するポイントが違うところにある人なのだ。

おそらくテレビでアンジャッシュが受けたのはネタの面白さだけではなかったのだろう。相手に配慮し華のある渡部建のキャラクターが人気の理由の一つだったはずだが、児島さんの我が道を行くスタイルは好きではなかったかもしれない。

アンジャッシュはコントユニットなのでテレビで使えるギャグがない。児島というと名前を呼び間違えられて「児島だよ」というものだけが唯一の「持ちネタ」である。渡部は2007年ごろからJWAVEのラジオに進出しテレビの司会の仕事も増やしてゆく。例えば音楽番組の司会などが有名である。この他にグルメ情報にも仕事の幅を広げていたようである。

ここから一つ分かることがある。そもそも人力舎の学校で短い間「お笑い」を習っただけで伝統から切り離されてしまっているうえにそもそもコメディアンとしてのバックグラウンドがないテレビキャラ(日本ではよくタレントと呼ばれる)なのである。人力舎では1年の学校がそのまま事務所のオーディションになっているようだ。デビュー後すぐ売れたこともあり、その後タレントとしてやってゆくためには自力で生き残って行くしかなかったのだろう。人力舎は吉本興業と比べると小さな事務所なので劇場をいくつも持っているというわけではない。さらにお笑いタレントとしての「課外活動」に励むことができたということは人力舎はある程度放任していたということである、

渡部さんの人生を分析するにあたって最初に大切なことはこの「周囲から切り離されて1mmほど宙に浮いている」という状態である。実はこれが「売れる」とか「跳ねる」ということなのだろう。おそらく渡部さんは「渡部建」というキャラクターを抱えて1mm周囲から浮いた状態をデビュー直後から続けていたはずである。

渡部さんが見つけた商品価値とはなんだったのだろうと考えるとそれは「モテること」である。たくさんのレストランを知っていて話題が豊富であるということはモテるにつながる。おそらくそのモテを確認する方法がたくさんの女性を集めてその中のいちばんきれいな女性を落とすことだったのだろう。おそらく彼はそのためにとてもたくさんの努力をしていた。その努力の結果「取材を受けてくれない店でも渡部さんであればOKだ」という評価に繋がってゆく。

渡部さんはそのモテの集大成として佐々木希さんという「誰もが羨む奥さん」を手に入れた。その結果渡部建のCM出演料は1500万円から3500万円と二倍以上に跳ね上がったそうだ。この時に商品価値はモテから安定に変わっていたことになる。つまり、商品価値が跳ね上がると同時にその根源であった「モテ」が持続可能ではなくなっていた。あとはその知名度を生かして余力で食べる時期に差し掛かっていたということだ。だが、渡部さんが何をしたかったのかはわからない。おそらく渡部さんは「渡部建という商品のスタッフ」のようなものだったのだろうが、そうなると渡部さんには休みがない。

ここで疑問に思うのは「モテ」で売っていた人がそのモテを捨ててしまうと何が残るだろうかという問題である。そもそものホームグラウンドに戻ればいい気がするのだがそこからはは断絶している。とはいえ単に家庭人であるというだけでは仕事にならないだろう。

モテるというのはかなりなりふり構わず行動するということなのだが、実際にはテレビにはある一定の線がある。YouTubeやラジオではその線を越えた情報も発信していたようだが、結局は実践の場所がない。そして何よりも時間がない。忙しいからこそ六本木ヒルズの多目的トイレで埋めなければならなかったことになる。JWAVEのラジオの仕事で毎週立ち寄る馴染みの場所なのである。渡部建と渡部さんは違う人格を生きていた。それが重なった時渡部建という商品価値のあるキャラクターは破壊された。「放送作家渡部さん」がべつのタレント渡部建を作っていたとしたら、キャラは破壊されなかったかもしれない。

浮いていた状態が元に戻った。実はただそれだけのことなのだ。

おそらくテレビはこのような分析をすることはあるまい。テレビの視聴者は渡部建という商品に何を期待していたのかということを分析しない。渡部建という存在があり、そこそこモテるが小綺麗できれいな奥さんと可愛い子供を大切にしているであろうという属性を付与している。だが、普通に考えると「これをすべて満たすのは不可能」である。テレビは結果としての虚像にしか興味がない。

では、渡部さんはどうしていればよかったのか。渡部さんには作られた渡部さんというキャラクターができてしまっている。これに乗って流されればよかったのである。これを自分自身と錯誤してしまったことにより無理が生じた。おそらく失速しただろうがそれを着地と受け止めればよかったし、いまからでもそうすればいい。

他人は一人の人に両立不可能な幾つかの要素を重ねて載せることができる。それは虚像なのだが虚像は虚像のままで成立し得る。ところがそれを一人の人間が受け入れることはできない。人間には自己同一性を保持したいという欲求があるからだ。

同じような運命をたどった人に木村拓哉さんがいる。木村さんもアイドルというキャリアがあったが実際には妻子がいた。今ではそれほど珍しくはないが当時としてはアイドルに奥さんや子供がいてはいけなかった。だから誰もが木村さんが結婚していたことは知っていたがそのことには触れなかった。

木村さんは「アイドル」という1mm浮いたお役目を果たし続け子供の存在を表に出さなかった。木村さんがそこから解放されたのはSMAPという存在そのものが消えてしまったからである。彼が孤立していたのはメンバーと付かず離れずの関係を持っていたことからも明らかである。彼だけが浮いていたが周りに合わせて失速することで着地に成功した。

おそらく自分自身でその役割を規定しているというつもりはないと思うのだが、アイドルという役割がそのまま剥落してしまい子供二人の父親ということになってしまった。ただその裏側には「実は地に足がついた人間としても立派だった」という評判もある。

渡部さんも周りに配慮しながら他人に身を任せているうちにそれなりの役割が与えられていたはずである。渡部建という商品が消えても渡部さんの人生は続く。一生懸命に作り続けてきた商品が壊れるのは辛いかもしれないが、いまからでも商品と自分の人生について分けて考えたほうが良いように思う。

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