東京都知事選挙に見るリベラルの終焉

東京都知事選が始まった。現職有利と言われており対立候補が分裂した形になっている。リベラルは終わったと思った。これは日本の成長点のいったんの死であり、これから長い長い衰退の道が始まる。




東京都は高度経済成長期に「革新都政」を経験している。失敗も多かったようだが、東京が高度経済成長期の成長エンジンだったからこそ起こったことだ。今の東京はおそらく石原都政あたりから過去しか見ていない。過去を振り返って「俺の人生はこれで良かったのだ」という引退したおじいさんおばあさんのマインドセットである。

連合は現職の小池百合子さんを応援し、立憲民主党は宇都宮健児さんを推す。一部に小池百合子さんと政党を作った経験のある国民民主党(当時は希望の党)は党内をまとめきれず自主投票になった。政党としての動きはここまでだが、山本太郎候補を推す須藤元気参議院議員が立憲民主党を離党した。山本太郎氏は「中央から金を引っ張ってこい」という主張であり「東京にこういう成長エンジンを作る」という話はできない。おそらく彼の視野にはそのような空気が全くなかったのだろう。東京からはすでに成長が消えてしまっていて高度経済成長期の残りカスが燃えているだけの街になっているのだ。宇都宮健児さんの世代に至ってはそもそも未来がない。

2009年のマニフェスト選挙の当時は政党が政策を決めてそれを有権者が選択するという政策による選挙が当たり前になると思われた。しかし東京都は石原慎太郎現職一強でマニフェスト選挙は波及しなかった。それから10年が経過し、完全に政策ベースの選挙が消滅したことになる。特にいわゆる「リベラル勢力」が何を目指しているのかがさっぱり見えてこない。

まず須藤元気参議院議員だが以前から立憲民主党の政策に疑問があったという。どうやら山本太郎候補の「消費税減税提案」を推しているらしい。そもそも、どんな理由で立憲民主党から出ることにしたのかがよくわからない上。さらに立憲民主党がどんな過程で政策や人材を募集しているのかやなぜ消費税減税に反対しているのかもわからない。須藤元気議員の得票数は全国で70,000票余りであり個人としてそれほど魅力がある候補者ではない。

比例区議員はバックグラウンドになんらかの組織を持っているかネトウヨと呼ばれるような岩盤支持者がいる候補が多い。もちろん例外もある。表現の自由をテーマに戦った山田太郎議員でその得票数は54万票弱だった。立憲民主党では同性愛者の代表である石川大我議員が須藤さんと同じ程度の70,000票余りで当選している。比例は医師会や看護師会、ネトウヨ、同性愛者、おたくなど細かなセグメントに分かれていることがわかる。おそらく日本の選挙区が小選挙区ではなく比例代表制になると小さなセグメントがひとかたまりになれないままで連携と分裂を繰り返すという今のリベラル勢力のような形になるのだろう。社会がこれ以上よくなる見込みがないので協力して社会をよくしようという雰囲気が生まれにくいのだろう。

小選挙区や首長選挙など一人しか当選者が出ないところは多くの人が「予算」にぶら下がる。一方で未来のビジョンのない比例区はまとまれないままバラバラの村にしかならない。おそらくはこれが日本の政治の現状であり本質なのではないかと思われる。

ここまで書いてきてやっと今回の都知事選挙の問題点がわかる。日本の政党には政策集約力がない。おそらくはこれ自体が問題なのだろう。

未来に希望がない国には新しい政党ができない。だが過去にはたくさんの成功の記憶の欠片がある。かつての正解は石原慎太郎氏でありその石原慎太郎氏が推す猪瀬直樹氏に票がなだれ込んだことがあった。次に現れたのは怪しげな外来語を駆使する小池百合子氏だ。東京都民は自己愛と自己肯定感が強く特になんでも一番強いものが好きなのだ。だが、おそらくそれはすべて過去の成功のかけらである。

そもそも過去の成功類型にしがみつきたいだけなのだから宇都宮健児さんのような問題点を指摘する人は疎まれるに違いない。これも未来志向というよりは過去の問題点のほじくりかえしにしか過ぎない。おそらく立憲民主党支持者はこれ以上広がらないだろう。彼らが提示できるビジョンがない。おそらく立憲民主党そのものが未来を信じていないのではないだろうか。

明るい成長を見たことがない山本太郎さんは「東京都は国から金を引っ張ってくるなりなんなりして都民にもっと金を配れ」というポピュリストなので文化的に宇都宮さんと一体になれない。事前に話し合ったそうだがおそらく話が合わなかったようだ。

東京都知事選挙はおそらく現職が極めて有利なのだろうしあまり面白い分析ができない。ただその背景にはリベラルの解体という別の物語がある。だが、そもそもマニフェストをまともに取り扱えた歴史がないのだから解体どころかそもそも始まってもいなかったのかもしれない。民主党政権というのはある意味単なる幻だったのだ。

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