GoToキャンペーンを強行する安倍政権

安倍政権がGoToキャンペーンを強行するらしい。これについて多くの市民から反対が寄せられているとマスコミが煽っている。いつもながら乱暴な言い方で恐縮なのだが「一度痛い目を見ないと地方も目が覚めないのではないか」と思う。結局のところ安倍政権を温存してきたのは地方だからである。政府は16日に最終判断するようであるが、地方の声は無視して一度どうなるかやってみればいいと思う。




GoToキャンペーンの目的は簡単である。日本政府はオリンピック誘致で大手広告代理店・旅行代理店が儲かるように仕向けてきた。本来の日程は2020年7月22日から8月8日までだった。だから赤羽国土交通大臣が7月22日からGoToキャンペーンをやりますよという日付はおそらくこの日でなければならなかった。この政策によって儲かるのは大手の旅行代理店と広告代理店くらいだろう。

政府はこのことを隠そうとしていない。事務局をやるのはツーリズム産業共同提案体という大手の旅行関係業者である。1つを選定すると「政府と癒着がある」と疑われてしまうので「みんなに分け前を与えよう」と思ったのであろう。

日本旅行業協会は複数ある旅行者団体のうち大手が作っている協会だ。日本の旅行業会は階層構造になっていて大手と中小は別の業界になっている。

事務手続きを委託する事務局も、JTBなど旅行大手や日本旅行業協会など7者でつくる「ツーリズム産業共同提案体」を選んだことを明らかにした。委託費用は1895億円で提案があったという。赤羽氏は「感染状況を踏まえながら準備を進める」などと述べた。

GoToキャンペーン、22日から開始 宿泊代割引から

一方で、旅行先で使えるクーポンなどは9月以降に先送りされたことから「特に地元のことは考えていない」ということがわかる。安倍政権にとって大事なのは東京のお友達であり地方ではない。このことが露骨に示されたのが今回の一部前倒しの決定だったのである。

地方も新型コロナウイルスに対してのマスク思考がある。自分は健康体なのでマスクをして外から汚いものが入ってこなければ自分たちは安心していられるという日本人独特の思考方法をマスク思考と名付けた。当初このブログではマスク思考を日本のムラ意識の残滓として批判していたのだが、結局のところマスク思考の防衛だけが日本の新型コロナウイルス感染拡大を防いでいることがわかる。マスク思考の源流はおそらく穢れだろう。日本人に古くから染み付いている伝統的な思考様式が現代の政治にも生きていることになる。最終的に日本人が頼るのは身についた生活思考様式なのだ。

地方には分け前はなく「穢れだけがばら撒かれる」という印象がGoToキャンペーンにはついてしまった。日本人はこうした初動の意識を変えないので夏休みの旅行者はすべからく「バイキン」扱いされることになるだろう。これを払拭するためにはGoToキャンペーンを政治的にキャンセルするしかない。政府は自分たちが決めたのではなく「マスコミが邪魔したからできませんでした」と経済団体には言い訳すればいい。

少し極端かなと思いつつ新型コロナはフクシマ差別のような問題を引き起こすだろうなどと書いたのだが、実際に放射能に例えて東京を排除しようとする知事が現れた。日本人にとって放射能も戦争も「穢れ」であり穢れは差別の対象になる。そこにたいした理屈はない。昔からそうなのだ。

静岡県の川勝平太知事は14日の会見で、首都圏の感染状況を受け、首都圏からの来県について、「持たず・持たせず・持ち込ませず」と非核三原則に例えたうえで、「首都圏からは来ていただきたくない」との考えを述べた。

静岡県知事が危惧 「非核三原則」に例え…

安倍政権にはおそらく地方の実情は見えていない。安倍政権を中枢にいるのは地方に縁はあるが東京で育った「政治家の三世」ばかりだ。

だが地方も是々非々で対応している。つまり差別で応答するのである。今の所、主に反対しているのは比較的病気の広がりの少ない東北の首長たちである。「西日本の首長の声が聞こえないな」と思ったのだが、それも当然だろう。熊本県南部で水害が起こり、熊本北部・大分・福岡県南部で水害があった。水害はこれだけで収まらず今度は広島県と島根県で水害や土砂崩れが起きている。西日本は新型コロナウイルスに加えて水害からの復興をしなければならない。彼らの直近の心配事はボランティアの確保である。

ただ、観光施設も大雨で被害を受けているようで西日本には入り混じった気持ちが芽生えているようである。ここで国が補助してくれなければ助からないと思っている。冷静に考えれば直接補助を求めればいいのだろうが、ここにまた屈折した感情がある。

観光業はこれまで自分たちは自助努力でなんとかしてきたという自負があるようだ。実際には中国からインバウンド客を呼び込んでもらいなんとかしてもらっていただけなのだが、それには目を背けてきた。だから今回も直接保護は「生活保護みたいで」嫌なのだろう。社会の助けを受けてきた人たちに対する差別感情が自身にも染み付いてしまっている。

政府が旅行を推進する一方で高校球児たちは人生で一度で高校三年生の夏を奪われた。8月10日から開催されるはずだった甲子園は開かれないことになった。早くから判断しなければならなかったとはいえ「旅行はいいのになぜ高校野球はダメなんだ」ということになる。

我慢しているのは高校球児だけではない。例えば吹奏楽の全国大会も中止された。たかが吹奏楽と思う人もいるかもしれないが、全国大会に出るために学校を選び三年間一生懸命練習をしてきたという学生も多いのだ。彼らは一生に一度の夢を奪われたが文句を言わなかった。

自分たちの犠牲が病気の蔓延を防ぎ日本の医療体制保護の役に立つということがわかっているからである。自分たちの夢を諦めてでも世の中の役に立とうとする青年がいる一方、政府は自分たちを支持してくれるお友達に利益誘導することを決めた。

ここで「旅行代理店にも予算があり、当初の売り上げが得られなければ失業する人がたくさん出てくるのだ」と反論する人もいるだろう。だが、実際に明日の暮らしに不安を覚える人は地方にこそ多いはずである。だが、東京しか見えない安倍政権の中枢にいる人たちには地方は見えていない。

永田町を振り向かせるためには地方から声をあげるしかないのだが、少々乱暴な言い方をしないと振り向いてくれない。さらに当事者たちにも迷いがあるようで、何がいいことで何が悪いことなのかを決められない。今は感染症対策と被災地への直接補助こそが重要だろう。だが国の政治は優先順位がつけられなくなった。おそらくマスコミの反対キャンペーンでなんらかの修正があるのだろうが、いちいち反対しないと国は態度を変えない。極めて嘆かわしい。

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