立憲民主党と国民民主党の「野合」騒ぎに思うこと

立憲民主党と国民民主党が合流を検討しているそうである。小選挙区制の元では合流しないと勝てないというのは自明だ。それがわかっても合流に踏み切れないところに問題の根深さを感じさせる。中でも問題になっているのは党名なのだそうだ。




これをどう料理しようかと迷った。まずQuoraの議論を見てみたのだがほとんど期待がないようで単なる大喜利になっていた。中には「自民党を倒してくれたらなんでもいい」と書いている人もいる。今の運営にはうんざりしているし聞けばどんな政策がいいかも教えてくれるだろうがおそらくそれはとりとめのない項目の羅列に終わりそうだ。

そこで政党というものがどうしてできるかを考えた。この政党というのは実はアングロサクソン的な伝統のようだ。議会に二つの勢力ができる。イギリスの場合はカトリックの王様を認めるかどうかで二つの政党ができたそうである。現在の保守党の祖先のトーリーたちは「王位継承問題に臣下が口を挟むのは如何なものか」とカトリックの王様を容認する姿勢を見せ、ホイッグたちは「議会が王権を監視すべきだ」と考えてきた。アメリカでは奴隷に依存するプランテーション農業を推進する民主党と北部の工業地帯を代表する共和党が二大政党制の元になっているそうだ。

二大政党ができる裏には異質な人たちの組み合わせがあるのだが、個人主義すぎて勝てないので相互協力したがる。こうした人たちが大きな組み合わせを作って連合するというのがアングロサクソン的なあり方である。もともとは地元の領主たちが王権と対峙する中で生まれた伝統だろう。イギリスの王は領主たちの仲裁者として信任を得たという話をフランシス・フクヤマの本で読んだことがある。一方、フランスのように個人主義が行き届いた国には20世紀まで政党がなかったそうである。

日本は逆にこうした異質さがなく政党ができない。日本人は表向きには従順で周囲が決めたルールに溶け込もうとする。「これだけは譲れない」というコアになる価値観がない。では、なぜそもそも日本には政党政治が成立したのかということを調べてみることにした。

立憲政友会の経緯を調べて驚いた。日本は不平等条約の改定を目指しヨーロッパのような政治にすれば相手にしてもらえると考えた。ヨーロッパの政治は議会・政党があると学んだ伊藤博文は日本にも政党を作ろうと考えた。だが政党は私利私欲を追求するものであるから認められないということになり「公益を優先させる」政党ではない「会」を作ったというのである。つまり日本の政党は最初から政党ではなかった。

だが私利私欲を排したはずの政党には内部抗争があった。自分は不偏不党で私利私欲はないと言いたがるのだが実はそうではないというのが日本人だ。

普通選挙になってからは野党勢力が与党勢力を攻撃する劇場型政治が横行したということは以前学んだ。劇場型政治は普通選挙が成立した当時に生まれている。立憲民政党が政権政党たりえたのは、当時は天皇主権でだったからのようである。これも調べてみて驚いた。

「憲政の常道」という常識がある。選挙で信任された政党が政権を取るというのは一見今の制度と同じようだ、だがそうではない。「国民が政権交代を要求した場合(失政と表現されている)」は野党に政権を譲って選挙までの場つなぎにすると言っている。このためにバックアップが必要だった。それが第二政党である民政党だったのだ。

天皇による内閣総理大臣や各国務大臣の任命(大命降下)において、衆議院での第一党となった政党党首内閣総理大臣とし組閣がなされるべきこと。また、その内閣が失政によって倒れたときは、組閣の命令は野党第一党の党首に下されるべきこと。そして政権交代の前か後には衆議院議員総選挙があり、国民が選択する機会が与えられること。」とするもの。

憲政の常道

長年の謎の一つである「なぜ戦前の政党政治には二大政党制が成立しえたのか」が解明されたと思った。つまり日本で二大政党制が成り立たないのは「天皇のような調停者がいない」からだ。つまり戦前の国民はマスコミを使って騒ぎ、天皇が国民を「忖度」して政権交代を起こしていたことになる。国民は臣下と考えていたのだが違っていた。現在の日本人は安倍政権にうんざりしていても代わりがないといって諦めてしまう。

日本人は表立って私利私欲は語らないので政党はできないが政党に入れない人はいる。だからこそ日本の戦前の体制は劇場型になったことになる。常に相手を妨害し自分たちが政権をとろうとしていたということになる。ここだけは共通している。

ルールを誰かが決めてくれた方がそれに従うフリをして自分たちの優位なように細かな「ハッキング」ができる。これが日本人の好みなのである。この誰かが戦前の日本では天皇であり、戦後の一時期はGHQだった。この調停者の役割を国民やマスコミが果たすしかないということになる。GHQはなく天皇にも政治的実権はないからだ。

この点を踏まえて時事通信を読んでゆくと国民民主党は次のようなことを言っている。

  • 大きな塊を作りたいという点には賛成。
  • 政策的な柱を持ちたい。消費税減税など経済政策と憲法改正がそれに当たる。
  • 選挙目当ての野合と思われたくない。
  • 名前が立憲民主党になるのは許しがたい。

おそらく国民民主党は「予算編成権のなく実績も成功体験もない保守政党」というもっとも需要のないところに落ちてしまっている。単に自民党になれなかった人たちの集まりである。だが普通に考えると自民党とそう違いはないところに落ち着いてしまうのだろう。一方でなんでも反対の立憲民主党にはそれなりの需要がある。いつの時代にも誰かに不満を持つ人がいるからである。ただ立憲民主党も政権政党にはなれない。非難ばかりでは政権についた途端に失敗するだろうし自民党の反撃も始まる。

何がいけないんだろうかと考えたとき「そもそも政権選択は政策選択だ」というのが宗教だったということがわかる。日本人はそんな風には考えない。だいたい正解が決まっており「それをきちんとこなしてくれる」人たちが必要だということになる。つまり日本人はよりまともで嘘をつかない自民党がもう一つ欲しいのである。

もちろん現在政治に組み込まれていない人を組織して取り込んで行くやりかたはある。実際にアメリカの二大政党はそうしてきた。もともと北部の政党だった共和党は新しい有権者を取り込むとするうちに保守的な政党に変わった。民主党も逆に奴隷制支持の政党からリベラルな政党に変わっている。これも時代ごとに黒人やヒスパニックなどを組織して取り込んできているからである。

おそらく立憲民主党と国民民主党が再生するためには非支持者の取り込みが重要なのだから、党員以外の投票も入れて代表者を選んでも構わない。おそらくれいわ新選組の支持者などが喜んで山本太郎に組織票を投票するだろう。つまり国家主義・官僚主義に反対するポピュリズムである。共和党がトランプ大統領に破壊されたのと同じコースだ。

立憲民主党に対する期待はおそらく政策ではない。政策は自民党のものを変えないが嘘はつかないし誤魔化さないというのがおそらく政権奪取の近道だろう。何かを変えるということに対して国民は不安を感じる。とりあえず「何も変えない」がやり方はずっとまともにすると約束しない限りは政権は取れないだろう。消費税は元に戻すくらいのことは言ってもいいかもしれないが今度は教育無償化をどうするという議論に陥ってしまう。また、立憲民主党にとって原発政策の容認はこれまでの支持者の離反につながる。

立憲民主党にも国民民主党にもこのままでは未来はない。どうしても政党として再建したいなら徹底した無党派層のエージェントに徹するべきである。別の言い方をするなら無党派層の奴隷になるべきなのだ。そして彼らが期待するのは今までの生活がずっと続くことである。

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