日本が「国のような国でないようなものと戦う可能性」について考える

冷戦構造が崩れて今年で30年ほど経った。この後G0と呼ばれる覇権国家のない状態が続いていたわけだが、今年は割と節目の年になりそうである。だが何が起こっているのかがよくわからないのでこれをどう呼べばいいのかがわからない。

まず疑問から片付けてゆく。おそらく日本は中国=悪の帝国との決め付けがある。悪の帝国は皇帝による恐怖政治が徹底しているはずだから皇帝を叩けばいいという戦略になる。だがこの像が間違っているとおそらく分裂の兆しを見逃すことになる。これは分裂の脅威にさらされている日本人にとって極めて危険なことである。では実際はどうなのか……が全くわからない。中国には政府から距離を置いた報道がないからである。




そもそもバラバラになっているとはどういうことなのだろう。これを読み解くためにいろいろな記事を読んだのだがよくわからない。

  • 中国は一党独裁を徹底させようとしている
  • 中国は競争を盛んにするために軍事組織を競わせている

という二つの流れがあるからである。

ヒントになったのが中国の中にある兵団の存在である。習近平国家主席は軍管区を整理して戦区を再編したのだが、兵団と呼ばれる組織は残ったようだ。新疆生産建設兵団には2012年現在で245万人の兵士がおり中には市政府をかねるところも出てきているそうだ。つまりこれは競争原理を取り入れて開拓を促進しているということになる。新疆ウイグルで「地元住民に対する人権抑圧」があったというのが事実だったとしても共産党は直接関与していないかもしれないということになる。さらにいえばコントロールを失った人たちが西進して国境を越えるということも可能性としてはないわけではない。とにかく兵団は兵士を食わせていかなければならない。

この流れはいつ頃始まったのか。どうやら習近平以前の中国の軍事力は停滞していた様である。戦争がないのでお金で将軍の地位を買っていたという様な分析も読んだ。そもそも競い合って兵器の精度を向上させるインセンティブはなさそうである。これを変えたのが競争原理である。

2012年のロイター記事では中国の軍需産業は民営化されて上場されるところも出てきているという。市場競争原理が働き目覚ましい技術革新があったのだという。ところがおそらくこの「民営化」の意味は日本や資本主義社会でいう民営化とは異なっているだろう。背景には軍との緊密な結びつきがあるはずで、つまり地方の軍に競争させているのだ。

だが、軍を競わせるという行為が混乱を生まないはずはない。習近平国家主席が2017年に軍の統合を試みたとする記事を見つけた。日経新聞は「習近平式「軍民融合」」と書いている。

軍、政府、国営・民営企業が持つ先端技術の融合で国力を高める総動員戦略は、習近平自らが旗を振る。それは軍制服組トップ経験者2人を投獄する危険を冒してまで進めた大胆な軍組織改革と歩みを共にしてきた。

危ういファーウェイ、狙われた習近平式「軍産複合体」

もともとの中国の歴史を調べると面白いことがわかる。国民党の軍隊が中国全土を支配したことはなかった。各地に軍閥が作られ、その中から人民解放軍との競争が起こり中国と台湾という対立が始まる。

おそらく「正しい歴史上」は人民解放軍が中国全土を支配していたことになっているのだろう。だが実際には軍管区があり、地方の軍閥や地方政府がそれぞれの利権を求めて競争をしてきたはずだ。だが共産主義中国で「利権」と言っても高が知れている。軍に利益追求を「解放」したことで急速な経済成長が可能になるわけだが、同時に軍が共産党を脅かす可能性や地方で問題行動を起こしても中央が止められなくなる可能性が出てくる。

習近平体制は国家の中央集権化を進めるという意味では国家は統一に向かっているわけだが、逆に言えば習近平が統率しなければ国がバラバラになってしまうということである。戦狼外交という言葉があるのだがおそらくこれは引き締めのための国内的メッセージなのだろう。ナショナリズムを利用しているのだ。もともとはアクション映画のタイトルなのだという。

中国は外向けには「中国共産党が全てを掌握している」という体面を保ちつつ国内にはバラバラの集団を抱えている。地方組織が暴走していてもそれを表向き認めることはないだろう。これが中国悪の帝国という印象を強化し「バラバラになっている」という実態を見えなくさせるのではないかと思う。

これを見ると日本が何と戦っているのかがわかる。近代日本は伝統的に中央集権国家なので中央政府が各地の軍隊を統率しているという様な想像をしてしまう。おそらくバラバラな軍隊(のような産業体のような行政のようなもの)を相手にしている。それが国内で利権争いを始めれば中国はバラバラになるだろうが攻撃が外に向く可能性に高い。つまり日本は「国でない何か」と戦う羽目になるかもしれないということになる。

つまり開発余地が国内に残っている間は外にはむかわないだろうが。フロンティアを持たず世界の経済が軒並み停滞する中で成長余地を失った中国で次に何が起こるのかは誰にもわからない。

尖閣諸島に漁船が大挙してやってくる。これに対抗するために中国共産党に対抗する軍事力を持たなければならないという議論を読んだ。確かにその通りかなと思うのだが、実はここには二つの想定がある。一つは中国が一つの塊であるという前提なのだが、実はこれが怪しい。

ではもう一つの前提であるアメリカはどうだろうか。Newsweekが不吉な予想を出している。

実際にはロイターの転載記事だが「トランプのツイッターで急浮上 米大統領選「悪夢のシナリオ」」というものが出ていた。記事を要約すると新型コロナウイルスが蔓延し郵便投票になる。すると投票用紙の配布・回収などで混乱が生じるだろう。州によって選挙制度は様々なので(連邦制なので統一された投票フォーマットがない)各州で差し止め訴訟などが起こるとトランプ大統領が居座る可能性があるというのである。

問題はアメリカが連邦国家であり州の中でも分断を抱えているという点にある。仮に民主党が勝ったとしてもトランプ支持者たちがその結果を受け入れないといえばアメリカの分断がさらに進むことになる。当然この間大きな意思決定はできない。おそらく日本政府は「誰と話をしていいか」すらわからないはずである。

「アメリカの混乱」が起こるのが11月である。例えばこの時に尖閣諸島に中国が攻め込んできたとしても日本政府は何もできない。自衛隊を動かすにしても米軍との共同対処が前提であり情報網も共通している。おそらく「何が起きているのか」すらわからない可能性も出てくる。さらにそれが中国共産党の意思なのか地方の暴走なのかもわからない。

つまり日本にとって最悪なのは「誰に相談していいかわからない中で誰なのかよくわからない人たちから国を守らなければならない」という「正解なき防衛」シナリオである。正解がない時の日本人の慌てぶりは新型コロナウイルスとの戦いで嫌というほど経験中である。今は「お盆に帰省するのと帰省しないのとではどっちが正解かわからないので政府にすっきりと決めてほしい」と言っている。

この時点では全て可能性の問題であり「頭の体操」なのだが日本をめぐる国際環境はこれくらい大きく変化しているということだけは知っておいたほうがいいだろう。

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“日本が「国のような国でないようなものと戦う可能性」について考える” への1件の返信

  1. 薄熙来事件自体が、軍閥化した兵団のクーデター未遂だったようですね。しかも、薄の側近である王立軍は、薄の失脚と同時に思想的には正反対のはずのアメリカ総領事館(奇しくも今回閉鎖された成都ですね)に駆け込んだという。
    現代の士大夫は、集団では集団主義、個人では個人主義、という高度な戦略を持っているようです。

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