安倍総理の変節に苛立つ産経新聞

産経新聞で「「アベノミクス」の黄昏 消費減税解散にくすぶる臆測」という記事を見つけた安倍支持者の苛立ちがよくわかる記事だった。自民党のプリンスとして安倍総理を担いできた産経新聞にお別れの時が来ている。




記事自体はいささか乱暴な内容になっている。科学的思考法を学ばずよく政治議論が展開できるなと感心する一方で、おそらく統計などの基本技能を学んでいないであろう日本人のジャーナリストの置かれた過酷な状況に同情を禁じえない。日本にはジャーナリズム専攻がないので科学的な知識が新聞社に定着しないのだろう。ジャーナリズムのライティングには課題との関連性(Relevance)がない項目を混ぜ込むことを避ける傾向がある。記事の説得性がなくなってしまうからである。おそらくそれを学んでいないのではないかと思われる。

産経思考法は読者の損得から始まっている。そこから個別の事象の可否を決めて行く。このため最終的につじつまがあわなくなるのだがそれは気にしない。産経批判と取られかねないが批判はない。単に「かわいそうだ」と思うだけである。

今回は、おそらく消費税減税に世論を誘導したいのだろう。新型コロナウイルスが不況の原因ならそもそも消費税など関係ないだろうと思うのだが、それを景気後退なのに消費税増税を強行したのは間違いだった続け、最終的に消費税減税を大義名分にした解散の噂もあると落としている。

  • 足元の深刻な不況は新型コロナウイルスが原因だ。
  • すでに景気後退局面に入っていたのに消費税増税を強行したのは判断ミスだった。
  • 自民党総裁の人気満了を来年に控え消費税減税を大義名分にして衆議院解散の憶測もある。

おそらく新型コロナウイルスによって経済が落ち込んだので(4-6で年率換算27.8%の落ち込みだそうだ)消費税減税をしないと庶民の暮らしが成り立たないと書けば良いだけの話だと思う。あるいは消費増税の判断が間違っていたのだからそれを撤回すべきだと書けばいい。この二つを混ぜて書いているので筋が見えなくなってしまうのである。おそらく大学や公開講座のライティングクラスではそう指導するのではないだろうか。

講評は「せっかくの消費税減税」という要求がうまく伝わりません、となるだろう。

産経新聞はアベノミクス自体は円高を改善し法人税率を引き下げたなどの側面は評価しているようだ。金融緩和をしたことで円高が解消され人手不足が解消したという言い方になっている。おそらく政権立ち上がりの時に産経新聞がそう書いたのだろう。ただ、公共事業が伸びなかったことにはご不満なようである。さらに少子高齢化、東京一極集中で地方が疲弊したこと、デジタル化の遅れといった改革はできなかったと言っている。つまりこれもそう書いたが実現しなかったのだろう。

6月の家計調査では一世帯あたりの消費支出が1.2%減だったそうである。消費が減っているから大変だという。だが「大変な数字だったのか」については議論が分かれるところである。

野口悠紀雄が「勤労世代の実収入が実は増えている」と言っている。15.7%も増えたそうだ。企業の収益が落ち込み経済が壊滅状態だったというような報道がされているが実はそれほどの打撃は受けておらず勤労世代の実収入が増えた。そして給付金の大方(野口の記述だと実に83%近くだそうだ)が貯蓄されてしまったのだという。野口は「消費は思ったより減らなかった」と言っている。

だが、産経新聞も野口悠紀雄もまだある点を考慮に入れていない。おそらく景気の落ち込みはこれからやってくる。27.8%のGDP落ち込みという悲観的な数字を見ておそらく企業も庶民も支出を控えるだろう。新型コロナが終わらなければ基本的にこの状態も終わらない。もうGoToトラベルどころではない。おそらく産経の「消費税減税」議論はこれを踏まえればよかった。これから長い冬が来るのだからなんとかしてもらわなければいけないと書けばいいのだ。

野口によれば交通・授業料・教養娯楽のうち宿泊と旅行・その他の娯楽サービス・外食などが落ち込んでいる。つまり運輸、観光、教育、レジャーなどの分野ではおそらく深刻な被害が出ている。だが大企業もこれから落ち込むかもしれない。彼らは計画を立てて行動するからである。影響は今から出てくるのだ。

産経新聞が科学的な手法を身につけていれば経済予測や実況から消費税減税を正当化する記事を書くのはたやすいはずである。だが、そうした手法を持たない産経新聞は単に安倍総理大臣や麻生財務大臣に苛立つことしかできない。

ここからわかるのは産経新聞が言いたかったのは「安倍政権が増税を画策しているのはけしからん」ということであり、その心象から遡って「安倍政権の経済政策は行き詰まり黄昏を迎えた」と書いている。つまり自分が嫌いになったからあれは黄昏であると心象的に解釈しているのだ。

おそらく経済分析はどこか別の媒体がやるだろうから産経に書いてもらうことはない。産経新聞はたんに詩集だと考えればいいのかもしれない。私的な新聞社がいくつかあってもまあそれはいいのではないかと思う。

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