日本人の政治参加意識が低くてもなんとかなるのは実は戦時体制のおかげ

今日の話は日本人が政治に関心を持たない理由について考える。詳しく言えば日本人が政治に興味を持たなくてもなんとかなってきた理由を考える。これを考えれば日本人が政治にどう関わるべきかがわかる。あるいは関わらなくていいと決める人もいるかもしれない。それもまた自由である。




現在、アメリカで郵便改革が話題になっている。実はアメリカには満足な郵便制度がない。さらにこれが政局に発展している。大統領選挙に影響を与えるからだ。

トランプ大統領は世論調査で劣勢が伝えられて以来大統領選挙を先延ばししたいと考えるようになった。そのために目をつけたのが郵便改革だ。郵便投票を使えば新型コロナが流行していても選挙ができる。大統領はそれを阻止したいのだ。そのために、郵便公社(USPS)の「改革」を始めた。改革といっても合理化を言い訳にして郵便集配箱の数を削減したりしている。実質的な投票箱なのでこれを減らせば選挙が合法的に妨害できるのである。当然訴訟が起きた。20州で郵便公社のトップが訴えられたのだ。

アメリカでは公民権運動が成果を上げた後でも黒人が投票できないように大統領選挙の投票所の数を減らしたりするようなことが盛んに行われていたそうだ。今回はトランプ大統領の大口献金者だった人を郵便公社のトップに据えて「郵便改革」という名前の選挙妨害をしようとしている。そして当然これに反対する人たちがいる。

バイデン候補も「誰でも金融サービスが受けられるようにする」という公約に入れたそうだ。アメリカにはアンダーバンクド・アンバンクドと呼ばれる人たちがたくさんいる。銀行もビジネスなので貧乏な人とは取引をしたくない。このため銀行にアクセスできない人がたくさんうまれるのである。

政治は市民生活に直結している。というより政治に参加して市民生活を守らないとやって行けないのが現在のアメリカである。日本では当たり前のサービスがいちいち政治課題になるのだ。

こうした問題が日本では起こらない。郵便制度が充実していてユニバーサルサービスだとされているからである。おそらくユニバーサルサービスという言葉を知らない人でも「郵便局くらいどこにでもあるだろう」と思っているだろう。総務省が平成29年にまとめたところによると実際に郵便局からの平均距離は600m程度であり宮城県大衡村を例外としてどの市区町村にも直営郵便局がある。

日本の郵便貯金制度が充実しているのは戦争のために巨額の費用が必要だったからだ。特に昭和10年代になると盛んに貯金が奨励されるようになったそうである。さらに戦況が悪化するとこの貯金奨励策はさらに激しいものになった。

戦争という企みがなければ国が国民にサービスするようなことはありえない。

ここでは話は切り替わる。現在韓国ドラマ「私のおじさん」を見ている。主人公は三人兄弟の次男で建設関係のエンジニアのようだ。長男は50歳前後で会社をリストラされており三男と一緒に母親のアパートで暮らしている。

次男は周囲から「会社にしがみつけ」と言われている。兄貴の娘の結婚式費用を出してやり息子も海外にいるようだ。母親と兄弟が住むアパートも次男が買ったようである。だが主人公は会社の覇権争いに巻き込まれる。家族は捨てられないのだから会社を辞めるわけにもいかない。こうして穏やかなエンジニア気質の次男は様々な困難に立ち向かうことになる。

こうしたことが起こるのは韓国には終身雇用がないからである。日本でこの終身雇用が充実したのは実は戦中の国の雇用政策にあったということはあまり知られていないかもしれない。

画像1 「産業戦士を激励する東條陸相」〔『写真週報』205号(1942年1月28日)Ref.A06031080000、2画像目〕

こうした「官・労・資」三位一体の総力戦体制が目指されるなかで、「国・企業は労働者の生活を保障し、労働者は国・企業のために働く」という「報国」的勤労観と、それにもとづく長期雇用の慣行が、国民全体に広まっていったといえるでしょう。

終身雇用制はいつからあるの?

実はこの終身雇用制度も戦争の総動員体制によって作られておりのちに防共のために維持された。年金制度もこの時に銃後の備えのために整備されたことを考えると国民が政治に関心を持たなくてもやって行けるのはこの戦時体制のおかげなのである。そもそも政治に口出しをせず黙って働いてもらえるように整えた制度なのだ。

実はこうした様々な制度は制度疲労を起こしつつ分解しつつある。日本人は充実した戦時体制のおかげで政治に興味を持たずにやってこれたのだが、実は「戦争」は終わってしまった。あとは制度が崩れてゆくのを見ているだけである。終身雇用制度は崩壊したが年金制度はそれについてこれていない。北海道では鉄道が維持できない地域があり、簡易郵便局が閉鎖されているところもかなりあるようだ。

新型コロナはそのほころびの一端を見せてくれた。国はPCR検査を充実させて国民を安心させるのではなく自分たちの国庫の心配だけをしている。この私費検査のなし崩し的な広がりは医療制度が平等でなくなりつつあることを示している。すでに国を挙げて闘う必要がないのだから一部の人が新型コロナでなくなってもそれは「国にとっては関係ない」ことなのである。

さらに最高司令官であるはずの総理大臣の体調については何の説明もなく国会にも出てこないのだが国はなんとなく動いている。

おそらく制度破綻が明確になれば国民は政治参加するようになるだろう。そうしないと生きて行けなくなるからである。高齢者は逃げ切れるだろうが、若い世代は政治参加せざるをえなくなるに違いない。

よく「若者に政治参加させるにはどうしたらいいか」と聞く人がいるのだが心配しなくてもいいと思う。おそらく日本はやがて政治大国になるだろう。

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