日米民主主義時代の終わり

日本では安倍政権から菅政権への政権移譲プロセスが粛々と進んでいる。政策についての議論はなく派閥の理論で決まり顔見世興行的にメディアへの露出が続いている。菅新首相からすぐに出てきたのは敵を設定しメディアを分割統治するという独裁的な手法なのだが、メディアは概ね「たたき上げの庶民派」と持ち上げている。いずれにせよ2006年あたりから続いてきた政策ベース・二大政党ベースの民主主義は完全に死んだと見ていいだろう。一連の報道を見ていてこれは良くないことなんだろうなとは思うのだが、表向きは平和裡にことが進んでゆく。




なぜこれが良くないと思うのか。理由がある。アメリカが混乱しているのである。新型コロナの失敗がトランプ政権の再選を阻止するのだろうと思っていたのだがそうはならなかった。トランプ大統領は白人と黒人の分断を煽りついには共和党大会を黒づくめの男たちが邪魔しているという被害妄想を公然と語るようになった。結果支持率は上がり始め一部の接戦州では逆転もしているそうだ。また上院議員選挙でも民主党は苦戦が予想されているという。

アメリカの共和党がここまでボロボロになった端緒はオバマ政権下のティーパーティー運動にある。重い徴税負担に黒人大統領に対する差別意識が入り混じった奇妙な運動だった。これがトランプ大統領に利用されて「国家の正論」になった時点で歯止めが効かなくなった。

実はこの現象は日本でも起きている。リベラルな民主党政権では女性あるいは帰化者が活躍したためにマジョリティの反感を買った。さらに国民を恨んだ自民党は反人権的な憲法改正案を発表しマジョリティの心を掴んだ。

全く状況が異なるように見える日米でなぜ同じようなことが起こるのか。共通点を探って見た。

複雑な状況に対応できない二大政党と一大政党

アメリカの二大政党は全ての人を満足させられなくなっている。選挙のたびに新しい支持者層を加えて肥大化してきた共和党はついにポピュリズムの波に飲まれた。ティーパーティー運動は表向きは「これ以上税金や社会保険料を払いたくない」という運動だったのだが入り混じった怒りによって支えられてきた。本来「黒人大統領」に向かうはずだった彼らの怒りの矛先はまず共和党エスタブリッシュメントであるミット・ロムニーに向かった。ストップロムニー運動と言われるそうだ。

だが、この時点の彼らは反エスタブリッシュメントの寄せ集めの共同体に過ぎなかった。

これをまとめて一つのお話に仕立てたのがトランプ候補だった。トランプ候補がこれを意図的にやったのかはわからないのだが「アメリカは何かに狙われていてその自衛のための運動が必要だ’と訴えたのだ。これがアメリカを取り戻せ(Make American Great Again)運動だった。このようにして共和党は陰謀論者に乗っ取られてしまった。大統領選挙前60日を切りこの陰謀論は益々盛り上がっているそうである。

日本ではこれが穏やかな形で起きている。「民主党は日本はダメダメだというがみなさんはこのままでいいんですよと」いう自己肯定感が安倍政権の7年間を支えてきた。安倍政権が退陣するときにご祝儀相場的に支持率が上がった。おそらく世論は「日本がダメだ、あなたたちは変わらなければならない」というメッセージから自分たちを解放してくれた安倍総理が好きだったのだろう。

日本の民主党は瓦解してしまったが、アメリカの民主党もエスタブリッシュ・少数者の人権・社会主義的な生活保障を求める人たちの間に意見の相違がある。おそらくバイデン候補を応援する人とサンダース候補を応援していた人たちは異なっている。またカマラ・ハリスを副大統領にしたい人は必ずしもバイデン候補を支持しないだろう。彼らはおそらく反トランプという一つの目標だけで結びついている。バイデン候補が勝ったとしても民主党の各派閥はまとまらないかもしれない。

競争好きな人々

明らかに巨大政党は行き詰っている。では、なぜアメリカでも日本でも政党が破壊されないのか。それは政策よりも競争を優先させているからである。アメリカ人は自分が考えていることを延々と主張し続けるくせがある。彼らは全く違うメディアを見ていて全く違う世界を見ている。そして自分の方が正しいはずだと叫び続けている。こういう人たちが政治に夢中になっているのが今の現状である。だが実際にはその裏には差別感情や危機意識がある。競争に有利な環境を失いたくないのだ。彼らは自分たちの特権を過大評価している。

面白いことに日本で自民党を応援する人の中にはトランプ支持者が多くバイデン候補が嫌いな人が多い。また黒人の権利主張なども苦々しいと思っているようだ。アメリカの事情を全く知らない日本人が「バイデン候補はディープステートに操られていてBLM運動はアンティファの陰謀だ」と言っている。報われないマジョリティと自認している人にとってリベラル運動はとても苦々しい。

彼らは現在の序列が崩れて自分たちの「他者を差別する権利」が侵されることをとても恐れている。これは実は白人が有色人種に対して持っている感情ととても似ている。だから日米の政治運動は根本的なところで結びつく。差別と競争意識が政治を支えている。

対決の内部化

そう考えると日米で民主主義が崩れた理由がわかってくる。日本は長い間富国強兵政策を採ってきた。富国強兵政策とは要するに「日本が一つの塊になって外国に勝とう」という運動である。日本はこの富国強兵のために国民が一丸となって貯金をし税金を払い戦費を捻出してきた。日露戦争で賠償金が得られないとなると焼き討ち事件が起き、中国に進出したとなれば国民全体が喜んだ。中国進出を応援しなかった新聞からは読者が離れ最終的には中国進出を国民全体でお祝いしなければならないムードが作られた。

アメリカ合衆国も東側世界との対立によって成り立っていた国である。しばらくの間はイスラム教を敵視して持ちこたえてきた。だがこのイスラムとの戦いに勝ってしまうと次の敵が必要になった。中国を敵として設定して見たが経済的には緊密に結びついている。

両国に共通しているのは潜在的な他国との競争と優越感である。優越感を感じる相手が外にいなくなってしまったとき彼らはそれを内側に探さざるを得ないのである。

解決策はあるにはあるのだが

ここまで考えてくると、まず「民主主義はこのままでいいのだろうか?」を考えなければならない。今のままで十分に暮らしてゆけているのだから現状を追認するという選択肢はある。おそらく日本には将来はないだろうがそれはそれで国民の選択である。

ただアメリカを見ていると夢のない状態に人は耐えられない。最終的には隣人が敵になり毎日の安心が奪われることになるだろう。

その処方箋も拍子抜けするくら簡単なものである。攻撃が競争からきているのだから別のことに振り向けてやればいい。競争ではなく「居心地の良さ」や「快適さ」や「暮らしやすさ」に転換すればいいのである。

居心地の良さは人によって違うのだからおそらく二大政党や巨大与党で一つの問題を解決することはできないということもわかるはずだ。人々は地域ごとに細かなイシューを扱うミニ政党を応援することになるだろう。選挙制度も比例代表に落ち着くはずである。これがヨーロッパに見られる成熟した民主主義のモデルである。ヨーロッパがこのモデル通りの平穏な地域だとは思わないがモデルとしては十分に想像可能である。

理論的には極めて簡単なのだが、競争によって躾けられた人々が「居心地の良さ」を目指すことができるのかという疑問はある。ただ今の時点でこの競争意識から脱却できなければ「議論や論争には勝ったが振り返ったら国がめちゃくちゃになっていた」ということになるだろう。もしかしたら国がボロボロになった後にも人々は争い続けているのかもしれない。それがアメリカの姿である。二大政党制が行き着く先は混乱と対立である。

世界にはシリアやリビアなどそもそも国が一つの目的を見つけられなかったためにいつまでも内戦を続けているような国がいくらでもある。国富がなければ誰も見向きもしないし、国富があれば外国に介入されるか、国富を現金化する道を閉ざされて貧しいままに争い続けている。

実は今回の総裁選挙は大きな分岐点になっているといえる。

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