実験的計画経済に手を染めだした日本政府

GoToトラベルが滞っているという。どれくらいの需要があるかがわからないので一部の予約サイトが割引率を低下させた。これがテレビで騒ぎになり政府が「追加予算」の検討を始めたそうだ。この他にクーポンでもトラブルが起きているという。クーポンが本物かどうかわからないので受け取らない人がいるというのである。

この一連の問題を見ていて直感的に「これは既存の経済学を無視した結果なんだろうな」と思った。考えがまとまらないうちに高橋洋一嘉悦大学教授が内閣官房参与に任命されたというニュースが出てきた。日本の経済政策はかなり悪い方向に転がりだしたようである。学術との会話能力を失った政府が思いつきで経済を混乱させるというのが最悪のシナリオになる。




まず最初のGoToトラベルの件から片付けておこう。GoToトラベルの事業予算は約1兆3500億円。9月15日時点で、宿泊旅行の割引では735億円の予算消化にとどまっているそうである。だが旅行代理店の中には割引率を下げるところが出てきた。おそらく、一部の旅行代理店にアクセスが殺到しているのであろう。別のサイトを調べたら割引率を下げたのは大手ばかりだったそうである。消費者の多くは中小でも同じプログラムをやっているとは考えないのだろうし、おそらく探そうともしてないのかもしれない。携帯電話にも格安ソリューションがあるのだが普及率は10%をちょっと超える程度らしい。日本の特殊な経済環境では自然と大手の寡占が起きてしまうのかもしれない。

経済学に詳しくないのでよくわからないのだが政府がやろうとしていることは直接的な経済への介入なのではないかと思う。おそらく政府信用を補助金の形で配分しているのだろう。通常の通貨は市場メカニズムによって分配されるのだがこれを管理しようとしていることになる。結果として政府がたどり着いたのは金融緩和だがこのスキームはやがて行き詰まる。国家予算の制約があり無限保証にはできないからだ。

さらに恩恵は中小には行き渡っていない。市場の大手選好はコントロールできない。当初の目的は旅行業者全体を底上げすることなのであるからこの政策は失敗したと言って良い。観光地でも有名どころに人が殺到する一方で隣町では閑古鳥というような状況が見られるそうである。

地域共通クーポンにも問題が起きている。「実質的な紙幣」なので偽物をつかまされては困るわけだが真贋を見極めることが難しい。そこで受け取れませんという店が出た。

地域クーポンと紙幣はどう違うのか。

一つ目の違いは発行の主体が国であるということだ。日銀が発行する紙幣ではない。官公庁の説明によると政府紙幣にしてしまうと問題が多いので「何か交換するな」ということになっている。また発行元も「事務局」としてぼかされているようである。政府発行通貨と見られてはまずいという智恵は働いているようである。二つ目の違いは目的が限定されているということである。紙幣は何に使っても構わないのだが地域クーポンは地域と使い道が限定されている。

つまり地域クーポンは政府が経済対策を打ちやすくするために発行した目的限定の政府通貨なのだが官僚側はそうは見せたくないと思っている。そして多くの自民党議員はその違いや問題点に気が付いていないのかもしれない。

おそらく日本政府は直接経済をコントロールしようとしている。これまでの経済・金融政策には市場経済を前提にしているので政府は消費者に直接働きかけをすることができなかった。目的を限定することで政府は自らの考える経済政策がより効率的にコントロールできると考えたのだろう。

この壮大な市場実験からまずわかるのは「計画経済では管理コストが飛躍的に増大する」という点である。つまり効率性が落ちおそらく便益を上回るのである。細かい理屈はわからなくてもここまでは明確である。社会的な計画経済はやがて失敗するというのは経験的に知られているからだ。日本政府はわざわざこの失敗を繰り返そうとしている。

以前、日本学術会議の問題を考えた時に「菅政権は文革かクメール・ルージュのようだ」と書き極めて左派ポピュリズム制が強いと主張した。もちろんこの主張はかなり誇張されたものだ。だが、その根幹にあるのは政治が直接介入して人々の振る舞いをコントロールしたいという極めて強い社会主義・計画主義的欲求である。菅政権はとても左派色が強い実験的な政権になりつつある。その意味において菅政権の政策は一貫している。

ここまでは割と明確に思えるのだが、次の点がわからない。おそらくこの事業は「大手の総取り」になるだろう。だが政府がそれを狙っているとは思えない。つまり、一部の人が考えてきた「お友達優遇」という経済観は間違っていたことになる。大手選好は市場側(つまり我々国民)のニーズなのだ。トリクルダウンが起こらないのは政府のせいではなかった。日本人の「合理的なはずの」意思決定がそれを起こしているということになる。

本来、市場経済はこの大企業選好を是正して市場を多様化させなければならない。過度の寡占は市場経済の効率を低下させるからである。社会主義経済がいくら不効率でもそれが崩壊の原因になることはない。不効率な企業が温存されてしまうことが問題なのである。

だが菅政権は学者との関係を絶ってまで「内閣中心の安全保障」や「内閣府中心の統制経済」に移行しようとしていている。特に経済は複雑すぎるので隅々まで統制することなど到底できない。だが官僚を統制し学者との間で意思疎通ができなくなった菅政権はこのことに気がつかないだろう。おそらく官僚は「バカな政治家と大局観がない学者」の間の通訳をしていたんだなということがわかる。

だが、今更それがわかってももう遅い。もう日本の自由主義・資本主義経済は壊れてしまった。

おそらく菅政権は財務省に反発する経済学者を招き入れ財務省を牽制しようとしているのだろうと思う。つまり、経済・金融対策も権力闘争の一種として捉えている。おそらくこれは集団思考を生み出すだろう。菅政権は財務省を牽制しているだけで「最後の一線は財務省が守ってくれるだろう」と考えるだろう。だが財務省も「民意が菅政権を選んだなら自分たちは知らない」と考えるかもしれない。つまりお互いに誰も最終責任を取らなくなるわけである。

おそらく、大きな問題が起こるまでは全て局所的で独立した対立に見えるのだろう。あとはいつまで「結果オーライ」の状態が続くかである。おそらくそんなに長くは続かないのではあるまいか。

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