アメリカ合衆国は将来どのような国になるのかをアフリカで占う

アメリカ合衆国では有色人種の割合が増えてゆくことが予想されている。ヨーロッパ系の白人が少数民族になりつつあるからだ。2045年までに50%を下回るだろうと言われているそうである。おそらく今回のトランプ大統領の支持者の中に「少数派に転落しつつある白人」の焦りを色濃く感じた。ではこの状態が進行すると社会はどうなるのかということを考えて見たい。民主主義というものがいかに欺瞞に満ちたものかがわかる。問題はそれが嘘だと感じた後人々がどう行動するかである。




二つの事例を考えてみたい。共にアフリカの国である。

一つ目は少数派が多数派を分離するアパルトヘイト政策が取られていた南アフリカのケースである。南アフリカは今では格差世界一の国になっている。南アフリカの格差がわかる航空写真というハフィントンポストの記事を読むとその過酷さがわかる。

この国で格差がなくならない理由はよくわからない。とにかく黒人側の総合力が上がってゆかない。民度という便利で曖昧な言葉があるが民族や社会の総合力としてついつい使いたくなってしまうほどだ。

アフリカ民族会議(ANC)がネルソン・マンデラの思想を受け継いでいるとされている。だが彼らがアフリカ系住民の総合力を上げる政策をとることはなかった。それどころかANCが支配する政府は腐敗が絶えないそうである。Quoraで白人の主張を翻訳したことがあるのだが「汚職が起こるたびに過去のアパルトヘイトを持ち出したり新しい政治問題が起きたりして」政治的腐敗がうやむやになるのだという。分断を持ち出して黒人を納得させてはいるが社会全体のために奉仕しようという気持ちはないということがわかる。多数派支配にみえて実は少数派支配を許容しているという絶望的な状況がわかる。

若い黒人はそんなANCには否定的なようで、選挙に参加せず院外で抗議運動を繰り広げているという。毎日新聞では鉄道が止まったことをこれ幸いと電線やケーブルなどが略奪されたというニュースがあった。富裕層は車で出勤すればいいが、貧困層の労働者は通勤するのに安い電車が使えなくなると困るはずだ。経済的には白人に支配され政権は腐敗しているというかなり絶望的な状態である。

これが分断が極限まで進行した国の姿である。

さらに歴史を遡ると歴史文献も残っていない民族分断がある。インドにも見られる構造だが、エチオピアにも同じ構造がある。エチオピアは短い期間ヨーロッパの支配を受けただけなので、この構造はヨーロッパのせいではない。

エチオピアにはアラブ世界から南下してきたセム系のたちとその土地にいたクシ系の人たちが混在している。見た目は混交していてアラブ系ともアフリカ系とも言えない顔立ちになっているそうだ。だが、言語的な違いは残っている。さらに社会差別もある。

エチオピアを支配していたのはアムハラと呼ばれる人たちである。エチオピアの代表的な言葉はアムハラ語である。この他に北部にティグレと呼ばれる人たちがいる。ティグレは諸民族の連合体である人民戦線の中心にあり長い間エチオピアの政治を支配してきた。WHOの事務総長のテドロス・アダノムもティグレ系だそうである。彼らは同じセム系(つまりアラブと同じ系統)の人たちだ。ただし宗教はイスラム教ではなくキリスト教だ。このセム系の人たちはエルトリアにまで広がっている。

だが、数としては実はクシ系の人たちの方が多かったようだ。隣にいるソマリ人もクシ系だそうである。おそらく、エチオピアには支配民族としてのセム系と被支配民族としてのクシ系という対立構造がある。オロモの間にはかなりイスラム教が浸透しているようだ。人口では多数派にも関わらず政治的・社会的には下に置かれているという状態にある。

ただオロモ人は在来のクシ系をまとめて政治的なリーダーシップを取ろうとはしなかった。オロモ人とソマリ人の間にも緊張があり難民が発生しているそうだ。検索してみるとオロモ人とソマリ人の間の土地の問題は散発的に続いていたことがわかる。オロモはとにかく土地をめぐって周辺の民族と衝突し続けている。奪ったり奪われたりという関係である。

リオデジャネイロ・オリンピックの時にはオロモがアムハラ支配に対して抗議するような運動も起きている。政治運動が禁止されているオリンピックで抗議活動をしたということになる。かなり思い切った動きである。ハフィントンポストによると「殺されるかもしれない」という危惧もあったようだ。迫害の原因は土地の収奪だそうだ。

米ニューヨークに本拠を置く国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」によると、昨年11月以降、オロモが暮らすオロミヤ州各地で政府に対する抗議デモが相次ぎ、政府の治安部隊が発砲するなどして、400人以上の市民が死亡し、数万人が逮捕されたという。きっかけは、首都アディスアベバの拡張計画に伴い、周辺のオロモ人たちが立ち退きを迫られたことだという。

エチオピアの銀メダリストはなぜ抗議したのか

これが2016年の状況である。ここから2年経ってオロモ中心の政権ができた。今度は政権を握ったオロモが押し返す番である。今回の戦争開始に記事でAFPはこう書いている。

アビー氏は2018年、反政府運動の盛り上がりに後押しされて首相に就任した。それまで約30年間にわたりエチオピア政界を支配してきたTPLFは、アビー政権下でティグレの指導者らが不当な汚職捜査の標的にされ、政治の中枢から排除され、さまざまな国内問題の責任を押し付けられたと主張し、連邦政府と対立していた。

エチオピア軍が北部州政府と「戦争突入」 ノーベル平和賞の首相が命令

TPLFはティグレ人民解放戦線の略だ。これはエチオピア人民解放戦線を構成していた諸団体の一つだが「エチオピア政界を支配していた」と書いている。

一方であまりアフリカに関心がない日本のメディアは単に少数民族が多数民族に攻撃されたと書いている。おそらく漢民族がウィグル族を弾圧しているというような少数民族弾圧が念頭にあるのではないかと思われる。このタイトルに従うとオロモ系政府が昔から少数民族を弾圧したかのように見えてしまうのだが、問題はそれほど単純ではない。

アフリカ北東部エチオピアで、2019年にノーベル平和賞を受賞したアビー首相率いる連邦政府軍と、北部ティグレ州を拠点とする少数民族ティグレの軍事組織との対立が激化し、武力衝突に発展した。

エチオピア、内戦の危機 軍、少数民族と衝突

エチオピアのセム系とクシ系の人たちの顔にはほぼ違いがみられない。長い間をかけて十分に混じり合っているのだろう。文献も残っておらず民族が抑圧されたというような記憶も残っていないだろう。だからオロモはセム系の人たちだけではなくソマリとの間でも争いを起こす。だが、言語の違いや社会的差別はうっすらと人の記憶に残っている。

人種分断と格差という問題は自然に消え去ることはなく、決意表明が必要である。むしろ社会に定着して大きな影響を与え続けることが予想される。人類に肌の色の違いはなく民主主義は全ての人を平等に扱うというがそれはおそらく嘘である。人は本能的に同じ集団で徒党を組み他者を支配したがる。

ただ抑圧されていた側も解放されただけでは成長に向けて歩み出すことはない。今後はやられたことをやり返してやろうということになる。あるいは仲間内での腐敗が始まる。民主主義や平等という「嘘」はこうした人間の本質的な部分を補正するために上手に編み出された嘘である。決して意味のない嘘ではないのだ。

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