二階幹事長の我が世の春と総理大臣の地位の没落

時事ドットコムに気になる記事が載っていた。

二階氏は「全党一致で支えるから、首相の思い通りに外交と内政をしっかりおやりください」と激励。首相は「しっかりやります」と応じた。

菅首相、二階氏と会談

かろうじて「おやりください」となっているのだが実質的には二階さんがしっかりやれといっている。菅総理はそれに応じるのみだ。菅総理は自民党では総裁であり幹事長は部下だから、これは社長が専務に「しっかりおやりなさい」と激励されているようなものである。あるいはそういう会社もあるのかもしれないのだが、それを表立って堂々とやるようになったというところに時代の転換がある。普通の会社で専務が社長に「しっかりおやりなさい」などと言えば大問題になるに違いない。だが今の自民党ではそれが成り立ってしまうようである。この発言を問題視する人は誰もいなかった。




安倍政権は総理主導が売り物だった。時には大統領的に命令を下して見せて議会の反発を集めることもあった。当然国民はそれを支持していると思うのだが実際には逆だったようだ。安倍総理くらい何もわかっていなくても総理大臣は務まるし総理が投げ出した後で幹事長が代理を務めてもさほど違いはないのだなということがわかってしまった。菅政権になって総理の地位は暴落した。安倍独裁・総理独裁にはならなかったのである。

これだけならまだ「言葉尻」で済むかもしれないのだが他にも気になることはある。最近ではBS/CS/ネットの番組で本音が聞けることが多くなった。

二階氏は「党で決めないといけないが、選挙で勝てばそういう落ち着き方(無投票再選)になる可能性はある」と述べた。

衆院選勝てば総裁無投票再選 自民・二階幹事長

一見応援しているように見える。だが実際には「選挙で負けるようなら責任問題が出てくるでしょうね」と言っている。いかにも選挙重視な二階さんらしいという気はする。だが、これもよく考えてみると何かがおかしい。二階さんが総理大臣を決めるということになってしまう。

ただこう書いても「そうなのかもしれないな」としか思われないだろう。それくらい総理大臣の地位が軽くなっている。

菅総理大臣は菅自民党総裁でもある。幹事長というのは総裁に任命された選挙の責任者だ。だから、本来選挙の責任を取らされるのは実は二階幹事長の方である。だがどういうわけか二階さんが菅総理か別の総理かを決められるような言い方になっている。この記事はTBSのCS番組としか書いていないわけだが「聞く方も聞く方だな」と思った。司会者は誰だったのだろう。

変われば変わるものである。安倍総理大臣の時には「なんでも安倍さんの意向に沿って」というような演出がされていた。中では色々あったのだろうがその矩を踰(こ)える人はいなかった。矩といっても特に法律というわけではないが、形式的な上下関係はありそれは守られていた。一線を踏み越えた感じはあるのだがこれを保守の人たちが咎めることはない。

おそらく国民は最初から総理の力強いリーダーシップなど期待していなかったのだろう。今問題になっているのはバイデン新大統領の尖閣諸島の話が実は「公式文書」には記載されていなかったという話題だ。本当に発言があったのかというのは闇の中である。あるいは中国の報道官の反発に配慮したのかもしれない。中国はまだバイデン氏を次期大統領とは認めておらず外交的パイプがなく「言い訳」ができないからだ。

日本人は実は自分たちの運命が大国の思惑次第であると知っている。ただそれを認めたがらないだけなのである。

先行きに不安を抱えつつも表面的な力強さを求めるだけの屈折した有権者の心情が実はあまりよくわからない。菅総理のリーダーシップの無さを不安視する人がでてくるかもしれないし、意外と気にしないのかもしれない。与党側に何を期待しているのかが実はよくわからない。

菅総理大臣にはどこか「小者感」があり二階幹事長のふてぶてしい態度にはあまり違和感を感じない。目を下に落とし文章を読む時に東北方言の訛りが出ないように気をつけて話をしている。これが自信のない印象につながる。こうした小さなことが政府への感覚に影響を与えるのかもしれない。

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