「朝鮮には車輪がない」の嘘と本当

朝鮮の植民地化を正当化する理屈としてよく使われる理論に「朝鮮には車輪がない」論がある。遅れた国をわざわざ日本が開発してやったのだから植民地支配を恨まれる筋合いはないというわけである。ここには本当のことと嘘が混じっているように思うのだがよくわからない。そこで「이씨 조선 바퀴가없기」や「이씨 조선 바퀴가없는」で検索してみた。「李氏朝鮮車輪がない」という意味だ。語尾によって(名詞形にしたり連体形にしてみた)検索結果に違いがある。




第一に朝鮮人は車輪を知っていた。高句麗の時代には領土が満州平原にまで領地が広がっていて馬が引くワゴンのようなものがあったようだ。ところが、李氏朝鮮の時代には車輪文化がほぼ消滅したとようだ。李氏朝鮮は1392年から1897年まで続いたかなり歴史のある国家である。日本では南北朝(室町)時代から明治時代までの長い期間朝鮮半島は官僚主義が支配的であった。

つまりこの話は「ゆきすぎた官僚主義」が何をもたらすかという話である。一般的に官僚主義は地域勢力と対決するために王権が強い勢力を持つことを意味する。これが国力増強につながるため官僚主義は国家の発展段階で重要な地位を占める。この官僚支配が人から離れて法律によって国が治るようになることを法治主義という。つまり「良いこと」とされる。だが、朝鮮半島は中華文明に従属した官僚国家だったために官僚主義が国力増強につながらずたんに地域搾取構造ができた。中国(明と清)の威光を背景に地域略奪が起こるという国家ができたのだ。

高麗では仏教勢力と商人が強い力を持っていたため僧と商人も卑しい階級だとされるようになったという。これも朝鮮の没落に大きな影響を与えた。

韓国語で検索すると、あるまとめサイトが「軺軒」という両班の乗り物を紹介していた。両班は李氏朝鮮の官僚貴族であり朝鮮の支配階層である。

李氏朝鮮にも車輪はあったことがわかる。ではなぜ四輪または二輪でなかったのかということになる。実は南の方ほど道路が整備されていなかったそうだ。だからこのような車でないと狭い道を通れなかったのだ。

つまり、李氏朝鮮には車輪がなかったのではなく道路が整備されていなかったということになる。これで疑問は解決した。

いくつか理由がある。

第一に朝鮮南部は山がちであった。海はひらけていたので海運があれば物資の輸送はできた。次に奴隷階層の人たちが多く労働力確保に苦労しなかった。さらに商業はあまり盛んではなかったようだ。

おそらく朝鮮王室は外来の人々だった。このため地元の実力者たちを潰して国家権力を王権に集中させて行ったのだろう。両班は領地を与えられたわけではなく王室から給料をもらっており特権的に地域から収奪することに黙認されていたようだ。つまり両班は地域振興のインセンティブを一切持たなかった。これが日本の武士との違いだ。

日本は藩が幕府を経済的に支える構成になっていた。幕府は家臣を藩に派遣する形にはなっているが藩の収入は中央から保証されたものではない。豊かになるためには新田開発したり特産品を開発する必要があった。つまり日本の国力は「地方と中央の牽制」の上に成り立っていた。武士の経済は実質的に商人に支えられていたので交易路を整備するインセンティブもあった。外来勢力の後ろ盾を持たない天皇は単に法秩序の番人だとみなされていた。

朝鮮王室の権威は明や清に与えられていてその王室が両班に権威を与える。両班はある程度の家柄に生まれ仕事をせずに勉強だけをして試験に合格すれば特権階級でい続けることができた。

李氏朝鮮では商業は抑制され道路も農地も整備されなかった。地方は単に国家の収奪の対象だった。まとめサイトの中にはたまに中国からやってくる使節を迎えるために広い道路を整備すればよかったと書いているものもあった。中国の強い威光が伺える。都市の道路は不法に占拠され車が通れるスペースがなかったという。景福宮に続く六曹通りなどの例外を除いて都市に道路と呼べるようなところはほぼなかったそうだ。

李氏朝鮮が商業を敵視した理由も日本語では文献が見つからなかった。韓国政府が出している歴史資料を機械翻訳で読むと、李氏朝鮮は農業国家と規定されていて商人を差別冷遇したそうだ。高麗の反動であると書かれている。朝鮮は朝貢貿易国家なので中国と私的に貿易されては困るというのが理由だったようである。仏教排斥と商人排斥は高麗のカウンターでもあった。

朝鮮が日本の支配を受けるまで中国本土から見て「行止り」である朝鮮半島にはそれほどの価値がなかったのだろう。また李氏朝鮮も明や清の機嫌を取って入れば外交が成り立ったために李氏朝鮮は国力増強に力を注がなかった。王権は強まったが国力は弱まり二度の日本の侵略を許すことになる。

日本は大陸への通路として朝鮮半島に利用価値を見出したために朝鮮半島の開発に乗り出す。日本が朝鮮半島を開発した理由はおそらく実利的なもので善意からではなかったのだろう。大陸進出のための通路を確保しておきたかったのだ。

いずれにせよ、現在この植民地化を正当化することはできない。両班から土地を引き剥がし朝鮮人が持っていた独特の家族制度を根本から破壊しようとした。つまり日本人は現地文化から学んで統治するという手法を思いつかなかった。第二次世界大戦で行き詰まると統治政策はより激しいものとなり最終的に朝鮮人から恨まれることになった。

韓国語の文献を読むと意外と冷静にこの辺りの歴史について分析している。ただ日本人は自分たちの国の正当化のために植民地支配に良い意味付けをしたいと躍起になってしまう。これが韓国人を刺激してしまうので彼らの考察が日本語化されて伝わることはない。機械翻訳をすれば大抵のものは読めるのだがそれでも検索は韓国語で行わなければならない。そのため基礎資料が集められず間を空想で埋めている考察が多いように思える。

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韓国は「実に近くて遠い国だ」と思う。