感染症法の罰則規定導入に反対する

政府が感染症法に罰則規定を導入しようとしている。これに反対したいと思う。為政者感覚の人たちが力づくで国民を従わせようとするという構図がいかにも危険だ。だが、直感だけでは根拠としては薄いだろう。直感は重要だが説得力を持たせるためには理由づけも重要だ。




おそらくこんなことをいうと多くの人は感覚的に反対するのではないかと思う。コロナは汚い。つまり病気は穢れとして扱われる。穢れたものは閉じ込めておくというのが日本人が持っている心情である。多くの日本人は自分が新型コロナにかかるとは思っていない。正常性バイアスが働くのである。だから「清い」側から穢れを捉えるのである。

こうした心情的な傾向はマスク思考として具現化し日本のコロナ蔓延を防いで来た。我々が社会を維持するために持っている本能が政府の失敗をカバーするために使われようとしている。

新型コロナウイルスを閉じ込めることはできない。本当に封じ込めようと思えば無症状者にもPCR検査をやって偽陽性も含めて全てを閉じ込めなければならない。偽陰性もいることを考えると不可能だし人的リソースも足りない。だから現実的にそれは無理なのだが願望込みで「閉じ込められる」と思いたい。

政治家は罰則規定に前のめりであり法律の専門家の反対も弱いようだ。日本人が本質的に持っている他人の人権への感覚の弱さが感じられる。

そう考えていたところ、医者たちがこの感染症法の改正に反対しているという記事を見つけた。Buzzfeedで東大の公衆衛生学の先生が解説している。

感染症法には暗い歴史がある。昔「らい病」と呼ばれたハンセン病の患者を閉じ込めてきた歴史があるのである。らい病という言葉は差別的だということで使われなくなった。厚生労働省が患者の隔離政策が差別につながったと書いている。日本の感染症対策の歴史はこの謂れなき差別意識と戦ってきた歴史でもあるのだ。

ところが医者たちの声明文をみると「ハンセン病患者がかわいそうだから」今回の改正に反対しているわけではないことがわかる。ハンセン病だけでなく色々な病気で日本人は患者たちを病院などの施設に閉じ込めてきた。多くの日本人は病気をなかったことにできたのだがその裏で医師たちは閉じ込める側になっていた。テレビではこれを「牢屋」にたとえて説明している人がいた。

医者たちはこうした病気の人を発見することで摘発者になる。そしてそのあとは患者を縛り付ける看守になり皮肉なことに一緒に閉じ込められてしまうのである。つまり、医療経験者たちは差別の情勢に加担してきた当事者であり同時に被害者でもあるのだ。この当事者性だけが概念的になりがちな「ジンケンモンダイ」に語るべき厚みを加える。

実際にBuzzfeedの記事を読むと保健所のことが心配されている。誰か感染者なのかを自覚症状から知ることはできない。発熱していない人もいるし血中の酸素濃度が下がっているにも関わらず自覚していない人もいる。そんな中で「検査で感染が露呈する」と潜在的犯罪者になる。保健所の職員が「警察の手先のよう」に思われるのではないかということを心配している。

ハンセン病は拡散の遅い感染症だったので封じ込めできた。だが、新型コロナは無症状から始まり(ハンセン病と比べると)拡散が早いという特徴がある。このため無症状の人に協力してもらって感染者のトレーシングをしなければならない。ところがこの罰則規定はこれとは正反対の効果を生み社会のプラスにはならないだろう。ハンセン病とともにエイズについても語られている。病気と差別が強い関係を持っているということがわかる。

共感能力がなく罰則で人々を従わせたいというのは菅義偉さんという個人が持っている特性のようだ。政治家は歴史から学び我々一般国民が持っている非合理的な感情を諌めるべきだが「自分たちの身の安全を保障したいだけ」のために頭をフルに使っている今の政権にそんな余裕はないだろう。テクニカルに六法全書を覚えることのみに傾注して来た法律の専門家にも人権や倫理に対する興味はないようである。

そんな中「加害者にさせられた」歴史を持っている当事者としての医師だけが今回の法改正に反対している。結局、村社会の日本で一生懸命に考えるのは当事者だけなのである。

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