ミャンマーのクーデターを肯定的に捉えてしまう日本人

ミャンマーで政変が起こったようだ。アメリカはクーデターと呼び中国は内閣大改造といっているようである。アウンサンスーチー氏などが拘束され軍が全権を掌握したという。ミャンマーでは軍政後段階的に民主化が進んでいたのだが、これが一気に逆戻りしたことになる。この件を見ていてミャンマーの事情ではなく日本の政治状況が面白いと思った。おそらくかなり深いレベルで民主主義に対する懐疑心を持った人たちが生まれており権威主義への憧れが広がっていることがわかる。




まずミャンマーの状況を見てゆきたい。ミャンマーはアウン=サンという軍人らの手によって独立した。その後、軍が政治を掌握し社会主義経済で運営されていた。中国型というひともいるしソ連型と表現される事もある。ところが軍は経済運営には失敗したようで1990年代に抵抗運動が起こった。この時にシンボルとして人気を集めたのがアウン=サンの娘スーチー氏である。つまりミャンマー(当時はビルマ)にとっては生活改善運動であり「民主化」が求められたわけではないのだ。

スーチーに人気があったのは彼女がアウン=サンの娘だったからだ。つまり、政治的なイデオロギーとしての民主主義が支持されていたわけではない。スーチー氏は外国で父親の研究をしていただけで実際の政治経験はない。だから、ミャンマーの国民から政治的な実力が認められたわけではない。議会制民主主義のない国で国民が政治家の実力を評価することなどできるはずもない。世襲によってシンボルとなったのである。

BBCは再び軍政時代の不安定な経済が戻ってくるのではという庶民の不安を伝える。Nippon.comの分析によると経済指標の悪化をよそに地方経済はよくなり傾向を見せていたそうである。つまり軍産複合体が独り占めてしていた経済から自由主義経済へと移行しはじめていたことがわかる。今回全権を掌握したミン・アウン・フラインさんに経済運営の実績がありそうには思えない。政権の成立経緯から考えると西側諸国と協力して投資を集める事も難しいだろう。

当初はアメリカもヨーロッパも投資を無駄にしないためにもこの動きをクーデターとよばないのではないかという観測があった。クーデターだと認定されるとアメリカはビジネス活動ができなくなってしまうようだ。ところが「民主主義を取り戻す」として政権を奪取したバイデン政権はこれを非難しないわけにはいかなかった。西側諸国の投資はおそらく抑制されるだろう。

国連も協議を開始したようだが中国はミャンマーをかばっているようだ。こうなるとミャンマーは中国よりにシフトする可能性がある。NLDも中国に接近していたようだが、中国としては自分たちの権益経済圏ができるなら世襲型民主主義政権であろうが軍政だろうが構わないだろう。その意味ではミャンマーは「仏教信者の多い新しい朝鮮民主主義人民共和国」のようなものである。

今回のクーデターは既得権益にしがみつきたい軍人さんたちが「このままでは自分たちが取り残されてしまうのではないか」という不安から起こしたことであることがわかる。ところがこのニュースが最初に入ってきた時にはなぜか日本ではスーチー氏に対して懐疑的な見方をする人が多かった。

欧米は以前からスーチー氏を民主化の女神のように扱いノーベル平和賞も与えてきた。これが「リベラル」に見えるようである。日本にはこのリベラルに対する敵意を持った人たちが大勢いる。普通の男性はリベラルを自分たちの既得権を奪い去る敵だ考えているのだろう。「聞き知った話なので確証はないが」と言いつつ大きなところからスーチー氏への懐疑的な見方を示し中には軍部のもとで着実に豊かになっているなどと主張する人までいた。

権威に弱い彼らは、きっちりした情報ソースを示して構成された文章を出すと反論できなくなる。ところが隙間がある情報を与えると希望的観測として「リベラルな改革などヨーロッパの押し付けた絵空事であり失敗するに決まっている」と言いたがる。

彼らは中国を「社会主義独裁」と非難はするのだが「権威主義的体制である」とは言わない。民主主義と社会主義を比べて「民主主義こそがえらい体制なのだ」と置いた上で「格下の社会主義」を卑下したがる。つまり、実は民主主義を権威だとみなしているのだ。権威主義的民主主義という破綻したイデオロギーを彼らは持っている。

おそらくトランピズムが受けたのはトランピズムもまた進歩派リベラルへの抵抗・破壊行為だったからである。おそらく「ヤンキー的な」価値観と風貌を持った人が現れれば日本では政治的スターになれるだろう。

日本の男性は実は権威や伝統から切り離されているので自由に権威主義を空想することができる。また、民主主義の理解も十分ではない。このため権威主義的民主主義というよくわからないポジションができてしまうのだ。心情に合わせて民主主義のあるべき姿を歪めてしまうのである。

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