老害はなぜ排除されるべきなのか?

川淵三郎東京オリンピック選手村村長の組織委員会会長就任が土壇場でなくなった。表向きは川淵さんが辞退したということになっているようだが「菅総理大臣が難色を示した」という話が伝わっていて、政治のオリンピック介入は後々大問題になりそうだ。




話を整理する。まず森会長が失言で辞任を余儀なくされる。会長選挙を控えているバッハ会長は便利に使える森会長を置いておきたかった。欧米の関係者からの無茶な注文を日本側に飲ませる時に便利に使えるからだ。また、費用が多額になったオリンピック・パラリンピックはもはや政治の後援なしには成り立たなくなっている。オリ・パラには政治との調整役が必要だった。

例えばコロナ延期の問題ではJOCを飛び越して「政治」に相談が行ったことが知られているそうである。政治側は選挙と大会をリンクさせているために開催延期は大きな関心事だった。

森さん(政治)なしではオリンピック・パラリンピックが成り立たないのは、実はオリ・パラが政治と癒着しているからなのである。現代オリンピックは次の3つの間のバランスをジャグリングしている状態にある。そしてそのジャグリングはおそらく限界に達しつつある。

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今回は政治依存を続けたかったバッハ会長が一転してスポンサーを選んだことで「森会長が梯子を外された」形になった。

ここから議論は迷走を始める。辞任するはずの森会長が密室で後継者を決めてしまったからだ。森さんとしては今まで通りに当たり前のことをしただけだった。会長候補になる資格がないはずの「川淵オリンピック村長」は「外堀を埋められた」と表現した。時事通信は政治側の立場から川淵会長人事に反対した事情を書いている。

  • イメージアップのためには女性が良い
  • 無観客に反対する川淵さんでは都合が悪い
  • 密室人事と言われる

ところがここに含まれていない事情がある。川淵さんは「就任前」のインタビューで政治側があれこれ言ってきていることを暴露してしまっている。政治側が難色を示していることを知っていたわけである。このスピーカーぶりを菅総理は危惧したのであろう。

川淵さんは最も言ってはいけないことを記者たちに言ってしまっている。オリンピック・パラリンピックは過去の反省から政治の干渉を嫌うという建前になっている。これは、ベルリンオリンピックがヒトラーに利用されモスクワ・ロスアンジェルスオリンピックが東西冷戦に利用された反省から来ている。森さんが女性蔑視発言で「多様性の尊重など嘘っぱちです」と表現して見せたように、川淵さんは「政治からの独立など嘘っぱちですよ」と宣言してしまっている。

例えば後継人事には橋本聖子オリンピック担当大臣の就任が噂されている。噂されているというより政治側が情報を流しているのだろう。明らかに政治の側に都合がいい人事だ。なんでも内輪で決めたがる菅政権は他者との調整を嫌がる。自分たちが作ったシナリオにしか対応できないからである。自分たちの価値観しか理解できず想定外のシナリオに対応する柔軟性がないのが「老害」である。

「老害」は差別だから言ってはいけないということになっているようだが、そもそも何が老害なのかということは議論されない。そもそも歳をとると誰でも老害になるのだろうか?

人間は他人の立場や考え方を理解する「共感」という能力を持っている。これは問題解決の「知能」とはまた別の知的能力である。だが、この共感という能力は訓練しないと退化してしまうようだ。歩かなくなった人が歩行能力を失うのに似ている。だが老いは誰にでも平等に訪れるわけではない。

おそらく森喜朗という人はこの共感能力を訓練してこなかったのだろう。総理大臣就任前から場違いな失言で知られていた。知力を筋肉に例えると「共感力を高めるトレーニング」をしてこなかったために他人の立場を類推して適切に話すことができなくなっているという状態にある。これがカバーできずに表に出てきてしまうのが、実は「老害」の正体である。

菅義偉という人も安倍政権を中から操っているうちに対応能力を失ってしまった政治家の一人である。あらかじめシナリオを決めてしまい野党からどのように質問されてもその枠の外に出ない。菅総理もまた長年の訓練不足で共感能力を失ってしまったようである。

川淵さんも共感能力を失っているのかもしれないが「森さんよりはマシ」というところではないかと思う。何よりもこの人は半分部外者で状況がわからなくても当然だろう。

オリンピック・パラリンピック関係者は「想定したシナリオ以外のことが起こる」という事態い耐えられなくなっている。そこで一生懸命に想定シナリオに戻そうとする。すると世間からの想定外の反発があり右往左往するという具合になっている。これはパニックを起こした人間が最終的にどうしていいかわからなくなるのに似ている。今回の事態を収めようとしている御手洗名誉会長も85才とご高齢だ。おそらく年齢ではなく共感能力の足腰の強さが問われることになると思う。

今回は森会長が日本のオリ・パラ関係者は実はオリ・パラの精神に興味がないということを露呈してしまった。川淵さんもまた政治からの独立が嘘っぱちであるということを露呈してしまった。「老害」という言葉が適切でないとすると「長年支配的なポジションにいた人がゲームのルールを支配できない状態で右往左往している」ことが問題なのだと言える。

菅政権はおそらくこの老化現象を隠すために情報を隠蔽しているのだろう。精神的柔軟性がなく、なんでも密室で決めないと決められなっているのだ。

老化が無残というより他人の気持ちを慮ることを忘れた人が最後に恥を晒すのが無残なのだ。さらに今回の登場人物が軒並み80代だということを考えると日本社会が著しく老化していることもわかる。

今回の考察を通して歳をとるのが恐ろしくなった。常に変化や多様性に触れていないと誰でもああなる可能性がある。

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