新型コロナ対策のデスマーチ

国会中継を見ていてとても心配になった。日本社会が下からの積み重ねができなくなっているんだろうなと思ったからである。これがデスマーチを起こしている。そして、恐ろしいことに誰も「コツコツ積み重ねができなくなったから問題が起きている」と言いださない。本当に積み重ねることの重要性を忘れてしまったようである。




国会中継は新型コロナ対策の話と菅総理大臣の長男の問題を交互にやっていた。野党としては菅政権のマイナス点を強調しようとしているのだろうということだけはわかったのだが、問題の全体像が見えてこない。

聞いているうちに気になる点が出てきた。積み重ねができなくなっているんだろうなと思ったのだ。プログラミングは積み重ねが重要で、基礎が崩れると建物自体が大きく肩無停止舞うようなところがある。

まず、COCOAがうまく行っていないそうである。iPhone版でも不具合が出ているのだそうだが、iOSの古いバージョジョンではそもそも対応できないと言って見たり、オープンソースだから問題があると言ったりしていた。そして、質問した立憲民主党側もそれをスルーしている。後になって報道で知ったのだが、iOSの最新版で修正をするそうだ。つまり、もともとOSを修正しないと対応できないようなことをやろうとしていたらしい。

プログラミングがわからない人にはなんのことだかわからないかもしれない。つまり厚生労働省はiOS版のCOCOAがリリースされてから今までの間、できないことをやろうとしていたのである。

誰も実際に何が起きているのかとか現場がどう感じているのかということは気にしていないようだ。だから気がつかなかったのだろう。

積み上げができないという問題は統計にも影を落としている。統計が取れないから意思決定ができない。当たり前のことだ。

HER-SYSがうまく行っていないようである。システムが止まったとか、とても使いにくく利用されていないとか、誤報告が多いという報道は散発的に出ていた。総括する人は誰もいないらしい。現在調査をしているなどと繰り返すばかりだ。立憲民主党側も問題を総括していない。単にうまく行っていませんね、お金がかかっていますねというばかりだ。バグレポートだけが溜まってゆくのである。

新型コロナ対策では下からの数字の積み重ねと現状把握が必要なはずだ。だがそれが全くできていない。プログラミングという作業も積み重ねである。仕様を作り、プログラムを組んで見て、組み合わせて、テストしてリリースするという地道な作業の重要性を誰も気にしていない。

一人ひとりの職人たちが現場を全うすることでシステムを動かすというのが日本式だが、それができなくなっていることがわかる。これまで日本社会が持っていた美点が失われていることがわかる。

失われているので誰もその重要性を指摘しない。そしてなぜうまくゆかないのだろうと首をひねっている。

責任を取るとは辞めることではない。できるようになるまで必死でやりきることである。それをやる人がいないのである。野党も「お金がかかってますね、できてませんね」というだけで、じゃあできるようにするためにはどうしたらいいかということを必死で考える人が出てこない。

実は第この状態は二次世界大戦末期に似ていると思う。第二次世界大戦も大本営と呼ばれる中枢部が色々な作戦を出す。だがどれも現場のことを考えていない。いかにも場当たり的で失敗しても誰も責任を取らない。そして中心でまとめる人がいない。

総括なき作成の拡張の結果、陸軍はインパール作戦に追い込まれてゆく。兵站支援のない作戦で想定通りに多くの兵士たちが飢え死にしたと言われている。これはデスマーチに至る典型的な途中経過だ。

途中でオリンピックの海外顧客に使わせるという追跡システムの話になった。COCOAはうまく行っていない。だから新しい追跡システムもうまくゆかないだろう。だが、やはり総括はなく「今度はうまくやります」というような答弁に終始していた。そもそも、政府は今でもオリンピック・パラリンピックのために海外から観客を受け入れようとしているのだと驚いた。コロナの感染対策は取っているのだろうか?と思ったのだがおそらく総括も反省もしておらずバックアッププランも作っていないのだろう。ただ丸川新大臣がコロナは大切ですねというだけだ。

やはりコロナ禍下でのオリンピックはデスマーチになろうとしているのだと思う。

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