モンスター有権者とモンスター官僚を生み出すだけに終わった安倍・菅政権の官邸主導

菅内閣が説明責任を果たさないと話題になっている。

菅政権というのは安倍政権の中にあったカラクリから安倍晋三という覆いが取り外されたような政権である。場当たり感と後付けの説明に満ちた極めていい加減な政権だったが、安倍晋三という覆いのおかげでいろいろなことを誤魔化すことができていた。




菅義偉官房長官が総理大臣になったとき「菅総理の力で携帯電話料金を安くする」というアイディアがでてきたことがあった。あれも実は場当たり的に出てきた政策の一つだった。

菅義偉総務大臣の時に総務省の通信・放送系との間に人脈ができたのだろう。その人脈の中から出てきたアイディアなのではないかと思われる。今にして思えば通信を所領とする郵政系官僚たちが政権に恩を売りつつ自分たちも監督官庁としての影響力を増そうと考えたに違いない。

こうして総務省は市場経済に手を突っ込み、結果として「競争」が起こった。ただ各社もそこは心得たもので、お上に従っているふりはしつつ面倒な高齢者を切り捨てるという動きになった。各社が横並びになり一社が下げると他社も追随するというような状態になっている。現在NTT DoCoMoが数百円避けただけで「ahamoの一人勝ち」と言われているようだ。

「越後屋お主も悪やのう」と言ったところだろうか。

菅総理側は「結果的に価格が下がったのだからそれは菅総理のおかげである」と後付けで説明できればよかった。それが本質的に競争の促進になっているのかということは誰も気にしない。

ところが菅総理はこのことで総務省内部から足を救われることになった。自治省系の官僚たちが「郵政省系の人たちばかりが優遇されて面白くない」と思っていたのだろう。官邸主導はこうした影を作った。影は菅総理の長男の接待疑惑を道具にして、総理が困るであろう予算策定のタイミングを狙って嫌がらせのように情報をリークして見せた。これだけでは収まらないようだ。NTTの社長と総務省幹部の会食疑惑というのが内部から出てきた。共同通信の主語は総務省になっているので、誰もこれがうちわの争いだとは思わない。

これまで因果関係を明確にせず本質を議論せず、結果オーライで人気を維持してきた政権は、逆の立場に追い込まれることになった。菅正剛さんと東北新社がやっていたことは形式的にはいけないことである。だが、それがどういけなかったのか、どの程度いけなかったのかということは全く議論されない。とにかく会食=悪というイメージになり官僚の派閥争いになんとなく利用される。

そもそも有権者の側はそもそも官僚が少しぐらい美味しい思いをしようが対して気にはしていない。官僚も政治家も「裏では何かやっているでしょ」と考えている。ただ、国民の側は新型コロナで行動が制限されるのは面白くない。自分たちだって飯を食いに行きたいのに政府がだめだという。会食が悪になったのは単なる流れであり八つ当たりだ。だがそれが実際に政局を作る。

日本人は本質を気にしない。流れと勢いで叩ける人を決めてとにかく叩き続けるのである。そしてそれを利用した人が生き残るのだ。

マインドとしてはイライラして誰かを叩きたがっている消費者がコールセンターに電凸をかけるのに似ている。つまり、安倍・菅政権は大量にモンスター有権者を生んだことになる。意思決定にコミットせず結果だけで誰かを叩くという人たちである。

お自民党政権は有権者が本質的なことを気にしないということを最大限に利用してきた。あとは問題点を「あれは運が悪い特殊なケースなのだ」と無視することで、大本営発表的にいかにもうまくいっているように偽装してきた。だから結果がうまくゆかなくなれば叩かれる。安倍晋三さんは逃げたが菅義偉さんは逃げ遅れた。

結局のところ単なる大本営発表に過ぎなかった官邸主導は自分たちの出世競争のために国家予算を犠牲にしてでも意地悪を仕掛けるという不見識で狂った官僚をうんだだけだったようだ。彼らもまた自分の出世のことしか頭になく政局に利用できる騒ぎを探しているモンスター官僚だ。いわゆる「官邸主導」は単にモンスターたちを生み出しただけで完全に失敗したのだ。

Google Recommendation Advertisement