総務省の接待問題は一体何がいけないのか?

本日のテーマは総務省の会食・接待問題の一体何がいけないのか?だ。当たり前すぎるテーマなので誰かが考えているように思えるのだが、実は考察記事が出てこない。仕方がないので自分で調べてまとめておくことにした。おそらくそのうちもっと頭がいい誰かがまとめることになるのだろう。




まず最初に出てきたのは菅総理の長男菅正剛さんが絡んでいた東北新社の問題である。国民は会食を我慢しているのにエライ人だけは飯を食ってもいいのかというような感情的な議論だった。だが、その根っこはかなり深かったようだ。

東北新社は植村伴次郎さんがテレビ映画の日本語吹き替えを行うために創業し1986年にスターチャンネルを買収して衛星放送事業に進出した。2019年に娘婿で博報堂出身の二宮清隆さんが社長を引き継いだ。つまり、テレビとともに生まれ衛星放送で大きくなった同族経営の会社である。

おそらくネット配信が成功し衛星放送が斜陽するなかで総務省に接近していたのだろう。

一時期外資が20%以上の株式を持っていたのだが総務省がなぜか見逃していたことが、野党議員の指摘で「判明」している。おそらく総務省は知っていて見逃したのであろうが外資に頼らなければ経営が成り立たないほど追い込まれていたのかと驚かされる。なおこれを指摘した小西洋之さんは総務省の出身である。追求する側も「総務省の自作自演」という色合いが強い。いわばプロレスなのだ。

子会社の会計を操作したような跡がある。知らずにたまたまそうなったということもできるがあるいは知っていてやったのかもしれない。誰が考えたのだろうかと興味を惹く。

2019年は社長の引き継ぎ時期なので旧社長の経営がおぼつかなくなっていたということなのかもしれない。時代についてゆけな苦なり国内に救済者がいないのだがまともにやってしまうと衛星事業を失うことになる。一代で財をなしたあと没落する企業の悲哀を感じる。

総務省は法律の整理が必要と言っている。「いけしゃあしゃあと」というところだ。

ところが、これとは違う話が出てきた。NTT会食問題である。NTTは1/3の株を政府が保有する半官半民の会社である。NTT法という法律で電話のユニバーサルサービス維持を義務付けられていて予算や役員人事にも総務大臣の決済が必要である。

NTT東日本・NTT西日本が法律や成長の見込みがない国内市場に縛り付けられている一方で、NTT DoCoMoも国際競争に出遅れていた。5Gの規格策定で後手に回っていたのである。

2018年から社長に就任した澤田さんは2030年までにIOWN構想をまとめようとしていたそうだ。国家総力戦なので国の支援が必要だと考えてもおかしくはない。携帯電話料金で政権に点数を稼いでもらって自分たちの要望を通そうとしたのではないかと思う。あるいは私利私欲ではなく国のためと思っていたのかもしれないが、そのあたりはよくわからない。

今回、ターゲットになった山田真貴子元広報官はNTTの国際進出を所管していたそうだ。この他に巻口国際戦略局長という名前も出ている。こちらも国際進出側のキーマンである。また事務次官昇進が噂されていた谷脇康彦さんはNTT再編からNTTに関わっている総務省のキーマンだという。

東北新社と違いNTTの場合は「自力更生」を図ろうとしていた形跡があるという点だ。おそらく国内電話の事業は成長の見込みはない。ただ国にがんじがらめに縛られているのでどうにかして国家を懐柔しなければならない。内部改革者の悲哀である。おそらく外から潰す方が簡単だっただろうが、そうはできなかった。

軒並み中国に買われた家電産業と違って外資規制で守られている放送と通信は潰れない。潰れないが未来もない。そんな状態である。

NTTは成長が見込めそうなNTT DoCoMoを吸収することを選んだ。NTT DoCoMoがどのような経営になっていたのかはわからないが、おそらく澤田社長の狙いとは裏腹に官僚的な文化に絞め殺されてゆきそうな未来が見える。官僚的な文化だけでなく実際の官僚も重荷になる。でも付き合っていかなければならないし時にはメシにも連れてゆく必要がある。あるいは老後の面倒も見てあげるのだろう。

菅総理はこれまでも人事恫喝によって官邸主導という錦の御旗を掲げて強いリーダーシップを喧伝してきた。また通信通として携帯電話の料金を引き下げられると主張した。全部ハリボテだった。

官僚と企業が会食できなくなったのは1998年に大蔵省の接待汚職があったからだそうだ。2000年にこれを規制する法律が作られた。このあと2001年に中央省庁が再編され副大臣が置かれた。複雑な官僚組織を把握するには大臣と政務次官だけでは不十分であるとされたからである。安倍政権になって主要官僚人事は内閣人事局が支配することにした。2014年のことである。

ところが、菅総理の稚拙な人事恫喝的支配では政治が官僚を監督するという当初の国民との約束は果たせなかったようだ。それどころか安倍政権下で総務省は勝手に所管する企業との間に関係を取り結んできたことがわかりつつある。加藤官房長官は今回の事象を把握していなかったようだ。東北新社の問題が出てきた時「これで終わり」と言っていたのだが、そのあとでNTTの会食問題が出てきた。赤っ恥である。

裏でこっそり癒着をしていてくれればいい。だが、総務省は巨大な村なのでこれが面白くないという人が出てきたのだろう。週刊誌や野党議員に情報を流して政権にダメージを与えようとしている。つまり人事恫喝の裏でモンスター官僚が育ち結果的に政権を潰そうとしているのだ。組織内の嫉妬はバケモノを作る。

野党は週刊誌や官僚の情報提供によって動いている。つまり、政治家は複雑化する官僚の操り人形にすぎないということになる。そればかりか外資規制というような問題ですら官僚が指摘しない限り国会議員は誰も気がつかない。今回の巧みな子会社操作のスキームを誰が考えたのかはわからない。だが、国会議員にそれを見抜く力も余力もない。「国政調査権」が聞いてあきれるといわなければならないがそれが現実だ。法律などどうとでもなるのである。

大蔵省の接待事件はノーパンしゃぶしゃぶ問題として知られている。バブル崩壊のあと銀行や証券会社が破綻する事象が相次いだが金融機関は自浄作用を働かせることができなかった。そればかりか金融機関は大蔵省に擦り寄り業界内部での接待が横行した。このため最終的に7人の官僚が逮捕され三塚大蔵大臣が引責辞任し大蔵省解体につながったそうである。今回も総務省解体につながるのかもしれないし、あるいは日本にはもう改革の余力はないのかもしれない。

今回の放送・通信もおそらくは技術革新についてゆけなくなった産業が国に頼ろうとして起こした事件であるようだ。金融機関の自浄作用を高める方向には働かず、結果的に大きくなって生き残ろうということになったように通信・放送も徐々に国際競争力を失ってゆくのだろう。最近みずほ銀行がまたシステム障害を起こしたが、これも大規模合併の後遺症といえる。我々は過去の失敗の延長に生きていて、その範囲はどんどん広がっている。

今回わかったのは、放送・通信という次世代産業になりそうなサービス産業も金融機関のように陳腐化が進んでいるということだ。おそらくそれがいちばんの問題なのだろう。

政治は問題を把握できていないようだ。さらに国民感情ベースの議論では官僚が美味しいものを食べてずるいというレベル以上にはならない。大蔵省ノーパンしゃぶしゃぶ事件の時はバブル崩壊後に再成長の兆しが見えなかったために省庁再編につながったのだが、今回は新型コロナのイライラである。結局、嫉妬と苛立ちだけが日本の政治を変えているのである。

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