「イランの核濃縮60%」の意味

先日「加藤官房長官がイランの件について何もコメントしなかった」と書いた。アメリカとイスラエルが接近し、イランとの対話を再開しようとしている最中に起こった「テロ騒ぎ」だった。結果的にイランは60%程度の濃縮実験に着手したようだ。これはどのような意味を持ち、日本はどう対応すべきなのかを考えた。




第一にQuoraで意味を聞いてみた。政府の発表をオウムのように繰り返す人は多いが、この意味について考えた人は誰もいなかったようだ。

ウランは核兵器の材料になるの。だが、そのためには90%程度が必要とされているそうだ。一方で原子力発電所に使われるウランは20%程度である。かなり開きがある。当初ロイターは90%という情報を出してあとで訂正しているのだが、これは「イランが核兵器開発を目指している」という観測から「その領域を目指しているが核兵器開発ができるまでは至ってない」という観測に変わったということである。実に中途半端である。

イランについては国際政治学者の鈴木一人さんが次のように解説している。

トランプ政権がバイデン政権に変わり中国もイランも様子見をしていた。だがバイデン政権が実質的にトランプ政権を継承することがわかった。イランも中国には一定の懐疑心を持っているのだが、アメリカとの対抗上「共同対処」することに決めた。25年の長期契約を結んで経済協力することにしたそうだ。

西側先進国は自由主義・民主主義という首輪をつけることで自分たちの陣営に周辺国を集めようとしている。中国は期限付き経済協力と言う金の力で周辺国を抱き込もうとしている。戦略の違いがあるがやろうとしていることにはさほど変わりがなさそうである。

鈴木さんが注目しているのはイランの国内事情である。宗教勢力が強いイランでは政権が穏健な経済対策を実行するためにはそれなりの成果を上げ続けなければならない。アメリカの制裁が効いていて経済運営が滞れば結果的に穏健な民主化勢力を追い詰める結果になる。最終的にイランが選んだのは中国だった。飲み込まれない程度に接近しようということになる。つまり、バイデン政権はイランを中国に押しやる上で重要な役割を果たしたことになる。

イランは核兵器も作れないがかと言って放棄もしないという宙ぶらりんな状態に自らを置いている。これを最大限に利用するために100%信頼はできないがお互いにメリットがある中国をパートナーに選んだ。

鈴木一人さんと池内恵さんがTwitterでやり取りをしているのを見ると、鈴木さんは「瀬戸際外交である」と考え、池内さんは「これまでもそういうほのめかしがあったので意地になっているのだろう」と言っている。専門家の間でも意見が割れているようだ。

これはアメリカの外交的失敗なのかもしれない。アメリカは明らかに発展途上国にとって邪魔な障壁になりつつある。イランは長年アメリカから制裁を受けていて大きくなれない。だったら別の国と手を結ぼうとして同盟が作られることになる。中国は今の所経済優位性を武器に「バイ」で契約を結んでいるが、おそらくロシア・トルコ・イランと言った国々にとっては対等な権限を持ったリーグ(同盟)の結成がもっとも有利である。しばらくするとそうした動きが出てくるのではないかと思う。

アメリカの国内事情を考えると仕方がないのかもしれない。あの国はもともとヨーロッパで暮らせなくなった白人の逃避先なので常に戦う相手が必要のである。世界の分断がなくなればアメリカ人がお互いに協力し合う動機は失われる。だったら敵を作ってしまえというのがバイデン大統領のチームが行き着いた結論なのだろう。日本はそれに巻き込まれようとしている。

世界は今、海チームと山チームに別れようとしている。この海チームでどこまで主導権を握れるかと言うのが重要なのだが、おそらく安倍総理や菅総理くらいの外交力ではアメリカやイギリスには太刀打ちできそうにない。

海チームは軍事力を使えないので山チームを経済的に追い詰めてゆくわけだが、結果的に民主化勢力を追い詰めることになる。同じことは新疆でも起きている。強制労働を名目に新疆のコットンを禁止しても結局追い詰められるのは中国でビジネスをしているユニクロのような会社や現地の真面目なウイグル人労働者だ。ウイグル人が追い詰められればテロリストに転じるような極端なウイグル人も出てくるかもしれない。

海チーム結成はアメリカの内部分裂から生じたものだ。つまり、自由主義・資本主義の失敗の結果生じた公害のようなものである。汚染水のように国内氾濫しているのでそれを外に流そうとしている。イランを抑えることが目的になっているわけではなく国内の目を外国にそらすことが目的である。そして日本はそのための道具に過ぎない。

最近ではトリチウム水の流出について「日本政府は英断だった」と誉めそやしている。アメリカから怒られるかもしれないとビクビクしている状態で「ああ認めてもらえた」という油断はおそらく心の隙につながるはずだ。さらに菅総理は「僕が対面する最初の首脳なんだ!」と無邪気にはしゃいでいる。

菅総理はおそらく自分がコミットしたことについては是が非でも進めようとするはずである。いったん言い出したことに対して変なプライドを持つところがある。安倍総理の使い走りから売電大統領の使い走りになろうとしているわけだが、おそらく根っからの使用人体質なんだろうなあと思う。おそらく今、日本にとって最大のリスクは新型コロナウィルスではなくあまり統治能力がないうえに融通もきかない総理大臣なんだろうなあと思う。菅総理は新たなご主人様を得て再び生き生きするかもしれないのだが、これは日本にとって大変危険なことである。

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