トリチウム水放出騒ぎにみる日本の放射能不安はどこから生まれたのか?

日本政府がトリチウムを海に流すとして問題になっている。これを聞いてラジウム温泉を思い出した。ラジウム温泉・ラドン温泉が体に良いとされているのにトリチウムだけ白眼視するのは非科学的だと思ったのだ。




この話は「日本人は風評に弱い」とまとめようと思ったのだがそれほど単純ではないようだ。まず放射能泉の期限や歴史について調べようと思ったのだが、それをまとめた記述が見つからない。温泉の分類としては存在するようである。温泉法の分類に「ラジウム」と「ラドン」が含まれている。

日本は被爆国であり第五福竜丸事件の影響もあり放射能は怖いと言う印象がある。ところがラジウムやラドンは天然で存在する上に「ガンが治るのではないか」と言う研究もある。玉川温泉や三朝温泉などが有名なようである。そのためガンが治らない患者の最後のよりどころになっている。

そればかりか何か神秘的な効果を期待する人もいて「人工ラドン」で検索すると何か怪しげなものも含めてたくさんの商品が売られていることがわかる。中には放射能の刺激を受けた脳が活性化するなどといっている人もいる。

日本人は「放射能」に対して複雑な感情を抱いている。

こうした揺れの原型はいつできたのだろうか。鉄腕アトムは1951年に生まれているそうだが、アイゼンハワー大統領が「平和のための原子力」という演説を行ったのは1954年だそうである。「放射能は怖い」と言う印象と「原子力は力強い」と言う印象が分離したのは1950年代である。ところがアメリカはその裏で水爆実験もしていて1954年には第五福竜丸事件が起きている。そしてその年に公開されたのが最初のゴジラである。「人間が生み出した恐怖の象徴」だったそうである。こうして日本人は核や放射能に対して定見を持てないままで高度経済成長期を迎える。

高度経済成長期に日本人は一旦「核は得体の知れない怖いものだ」という感覚を忘れてしまう。1960年代にはゴジラに慣れてしまい正義の味方として描かれるようになった。単なる娯楽として消費されてしまったのだ。次第にゴジラは飽きられて新作は作られなくなってしまった。

この「管理された平和でクリーンな核技術」という印象が破壊的な形で裏切られたのが2011年の福島第一原発の事故だったわけだ。安倍総理がアンダーコントロールなどと言い張ったもののそんな言葉を信じる人は誰もいない。東電に怒鳴り込んだ菅直人総理とマリオの安倍総理は歴史の道化として記憶されることになるだろう。ただ2011年に「昔の漠然とした恐怖が蘇った」などと総括する人もいなかった。

やはり原発は怖い。だが、電気に依存した生活を送っているのだから完全に諦められない。このブログでよく紹介する決められない日本人・総括できない日本人がどんなものなのかがよくわかる。

トリチウム騒ぎからわかるのは「日本人にとって放射能は科学ではなく信仰の領域にある」ということである。そしてその原型は1950年代に作られていて2011年にさらに増幅された。

だからトリチウムが悪魔だと信じている人に対して科学的に説明したり、トリチウムのゆるキャラを作ってイメージを変えようとしても無駄だ。無駄であるばかりか思い込みに挑戦された日本人は激しく抵抗する。復興庁はデザインを変えると言っているがデザインの問題ではない。日本人はこのまま原子力を恐れ続けることになるだろう。

ネットでトリチウム水排出について反対している人の声を拾ってみると、背景には「トリチウム水に隠れて他のものも排出しているに違いない」と言う声が多くある。確かに政府は隠蔽体質だし東京電力にも発電所管理能力はなさそうだ。柏崎刈羽原発ではテロ対策が行われておらず、ついには実質的な運転禁止命令が出されてしまった。

このように、人々は放射性物質について自分の思い込みを重ねて「危険なものだ」と感じたり逆に神秘的なイメージを持つ。日本人が持っている信仰の強さと内心の頑固さがわかる話ではある。

だが、こうした信仰のために実際に魚が売れなくなる。おそらく福島の漁業は壊滅的な影響を受けるだろう。これに対して政府は保証をし続けなければならない。私たちが疫病を恐れて国家的な大仏建立事業を行った祖先を笑うことはできない。実は今でも似たような精神世界を生きているからだ。

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