おそらく「流し雛」だけではすみそうにない菅政権とその後に来るかなり絶望的な未来の予測

ここ数日、このブログでは主に二つの課題を追いかけていた。一つは問題解決の議論の方法である。たくさんの高評価をもらいメンションも増えた。もう一つは「政府が無策であり新型コロナ対策が後手に回っている」という内容である。レスポンスだけを見ると議論の話題の方が「良い・建設的な話題」のように思える。実名質問サイトQuoraではこっちの方が高評価だ。だから今日は議論ついて考察を書こうと思い閲覧履歴を見た。

ところが実際にはこうした議論の話題への閲覧数は多くない。代わりに読まれているのは「誰が新型コロナの意思決定しているかわからない」というものばかりである。匿名性が高いとこうなるのだが、おそらくこちらの方が実際の民意に近い。課題を拾いたい立憲民主党のような政党はぜひブログをやるべきだと思う。隠れた民意が露骨に拾える。




このことから日本の「サイレントマジョリティ」たちは話し合いなど望んでおらず、意識が犯人探しに向かっていることがわかる。問題が起きた時に感じるフラストレーションをぶつける流し雛を探しているのだ。

こうした意識でテレビを見ていると主に二つのことを言っていることに気がつく。週刊誌系ジャーナリズムのヘッドラインだけ読むと三つになる。

  • イギリスではワクチン確保がうまくゆきボランティアまで動員されている。それにひきかえ日本は……
  • 前回の緊急事態宣言できちっと止めておけばよかったのに経済優先で再開してしまった。補償も出し惜しんでいるのでは?
  • 芸能人たちは小池東京都知事の無策に怒っている。

この分だと菅総理を流し雛にするだけでは済まないだろうと思う。もっとひどい表現はいくらでも浮かぶがとても文章にはできない。とにかく犯人探しが始まっている。楽しみにしていたデパートに行けない、夜に疲れているのに外食ができない、しばらく仲間と飲んでいない……その度ごとに「誰を殴ってやろうか」ということになるわけだ。

個別に聞けば「議論は建設的であるべき」だと誰もがいうだろうが現実はそうではない。ブログというのはその意味では民意を計測する鏡になっている。ただ、不意に鏡を覗くとゾッとさせられることも多い。

こうした独特な思考は東日本大震災とそれに続く福島第一原発の事故の時にもあった。結局我々が行き着いたのは流し雛として民主党政権を血祭りにあげることだった。血祭りにはならず集団で無視されるようになったのだから「学校のいじめに近い」のかもしれない。

あの時に表に出た枝野幸男官房長官の政治生命はそこで終わったといって良いだろう。3.11の時に庶民の攻撃性が表に出ることはなかったがそのあと何かにつけ欠点が探されることになり野田総理の時代にそれは決定的になった。庶民はあの後の一年間「見限る理由」を探し続けていたのだろう。

テレビを見ていると、おそらく国民の関心事はまず「ワクチン敗戦」に向かうだろうなと思う。イギリスやイスラエルなどではワクチン接種が進んでいて「もうマスクなしで出歩くことができます」という報道が盛んに流れている。おそらく我々はこれを羨ましいと思うようになるはずである。イギリス人やイスラエル人が解放されているのに我々は我慢させられている上に変異種に怯え続けている。

さらに飲食店の補償には極めて消極的だが何故かオリンピックは擁護したがるというのも国民の気に触ることになるだろう。そのせいか政治家たちはオリンピックを語りたがらなくなっている。

NHKは政権を弁護する中途半端な大本営発表を続けるであろうが、もはやその声は誰にも届かないだろう。なぜワクチン配線が起きたかという議論も起こるだろうがまとまらないうちに雲散霧消するだろう。とにかくイギリスを見ろイスラエルを見ろということになる。隣の芝生は眩しいくらいに青い。「台湾は成功しているがオードリー・タンのような政治家が日本には現れない」というような声が合流する。

こうなると自民党が取りうる選択肢は一つしかない。菅政権を磔にして国民の溜飲を下げなければならない。管政権の凋落はできるだけ惨めなものでなければならないだろう。

野党不在の今、自民党が必要としているのは小泉純一郎のようなトリックスターだ。だが党内にそんな人はいない。

そんな中、小池百合子東京都知事が二階幹事長と会談した。小池さんの動きを見ていると味わい深い気がする。とにかく立ち回りが上手だし誰が生き残るかをきちんと計算している。

自民党にはトリックスターは見当たらない。かといって現在「候補者」とみなされている人たちはお互いに派閥を抱えていて睨み合っている。そんな中、機を見るに敏な小池百合子東京都知事は管総理ではなく二階幹事長と会談し「東京都に重点的にワクチンを」というような要請をする。

キングメーカーとして自由に動けるのは党務に専念していて行政に責任を取らない二階幹事長なのだ。そして責任を取りたくない国民も菅総理ではなく二階幹事長側につくのだ。「自民党側にいて責任を取らない二階幹事長」が実質的なキングメーカーになり、次世代のスターの後援者になるという道が開ける。

絶望的な未来だが、これが「考えたくないし議論もしたくない日本人」が一番喜びそうな選択肢なのである。

そして二階幹事長率いる自民党は安倍総理を憲法改正推進本部最高顧問に据えた。産経新聞によると二階さんは「わが党が懸命に取り組んでいる姿は、国民の合意を得られると思う。そのためにも、しっかりとこの本部で議論を進めてほしい」と述べたそうだ。安倍さんも逃げた人だが、逃げたからこそ「憲法というかっこいい課題」について放言できる。そしてそういう人が国民は大好きなのである。

結局話し合い文化などが生まれるようなことはなく何もしなかった人や逃亡した人が生き残るという割と最悪に近い未来がみえる。この予測は外れて欲しいなあと思うのだが、大抵そういう予測ほど当たるのだ。その原因もはっきりしている。面倒な政治的議論から国民が逃げていてインスタントソリューションばかりを求めているからなのである。

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