自民党の歪んだ人権理解とそれを支える日本人の病理

自民党がLGBTの権利拡大について議論した。非公開だったそうだが却って差別を助長しかねないような発言が飛び出したそうである。この話自体は「自民党ってひどい政党ですね」という話にしかならないのだが、この問題の扱い方を見ると日本社会がかなり生きにくい社会になっていることがわかってしまう。だがそこで腹を立てずにもう少し踏み込むとおそらく日本が成長できなくなった原因が自民党のマインドセットにあることもわかる。おそらく政党としては役割を終えているのだろう。早く解体したほうがいい。解体することで我々が持っているこの負け癖から自分たちを解放しなければならない。




そもそも自民党がLGBTの権利保護というようなことを言い出した理由がひどい。立憲民主党が権利保護や多様化を訴えている。こうした課題を先取りして自分たちの物にしてしまうというのが自民党の伝統的なスタイルである。

時事通信は「自民党は20日、LGBTなど性的少数者に対する理解増進法案の審査に着手した。今国会で成立させて、秋までの衆院選で多様性重視の姿勢をアピールするためだ」と書いている。つまり、選挙目当てなのだ。

これが「生物学上、種の保存に背く。生物学の根幹にあらがう」という差別的な発言につながってゆくのである。救い難い。

「保守」の人たちが人権について扱う動機は二つある。まずアメリカに歩調を合わせて中華人民共和国を非難するときに人権を使う。ウイグルの人権状況はひどいなどという言い方をする。もう一つは立憲民主党などのリベラル勢力にいいところを持ってゆかれないために自分たちが正義の味方ですよと言いたがる。自民党の中にもリベラルと呼ばれる人たちがいる。支持者へのアピールと競争心が人権を扱う動機である。つまり人権は単なる道具なのである。

これは本来の政治的目的設定のあるべき姿ではない。自民党は政権に居座ることが自己目的化していてその辺りが見えなくなっているのだろう。

新型コロナ対策を見ると「国民にアピールする」ことが自己目的化していることがわかる。システム開発一つとっても批判点を潰してみせて「ほら私たちはやればできるんですよ」と言いたいだけだ。国民はワクチンが欲しいだけある。自民党の自己アピールを見せられても困惑するだけだ。

僕たちこんなにできるんだよ、と威張られてもただ困惑して眺めることしかできない。それに正直言って全くできていない。負け続けている人たちの戯言に延々と付き合わされているがそれを変える勇気がわかない。国民の側も変えて失敗したらどうしようと怯えているからだ。この辺りに日本の救い難さがある。

だが、こうした国民の困惑を知ってかしらずか自民党は「人権について語るのが選挙に得になるか損をするか」という議論に夢中のようである。

産経新聞は山谷えり子元拉致担当大臣の「ばかげたことがいろいろ起きている」という発言を伝えている、何が馬鹿げているのかは定かではないがおそらく市民団体のことを指しているのではないかと思う。もちろん闘争に夢中になる市民団体も褒められたものではないと思うのだが背景には市民団体に支えられた立憲民主党などの野党のことが念頭にあるに違いない。つまり立憲民主党に活躍のチャンスを与えるような法案を審議するのは得にならないからやめておこうよと言っている。

もちろん日本が現役で競争している国であれば「競争上等」とも思えるわけだが、よく考えて見ると先進国からは脱落しかけている。つまり単なる戦闘的で要領が悪い人という感じの国になりつつある。さらにできない言い訳が多い。失敗したことにいちいちクヨクヨ悩み挽回しようとして別の大切なことが見えなくなっている。

例えば台湾は新型コロナ対策としてITプロジェクトを使った取り組みを実施してきた。最近はワクチン獲得で大陸中国に邪魔されて大変らしいのだが、ITプロジェクト自体は一定の成果を上げたと言って良い。この時に強調されたのが「協力する知性」としてのEQだ。

オードリータン流に言えば今の自民党はこうした知性にかけた人たちの集まりになっている。

自民党のEQ成分はかなり不足している様子はオリンピックについての沈黙を見てもよくわかる。加藤官房長官は日曜討論に出演して官僚口調で「いやオリンピックはやりますよ」と国民の不安を見事にスルーして見せてくれた。怒らせることと困惑させることに関しては天才的な才能がある。

バッハ会長は「日本国民の犠牲の上にオリンピックをやらせろ」と主張している。仮にオリンピックがやりたいならお芝居でもいいからバッハ会長に「命とオリンピックどちらを取るかと言えばもちろん国民の命が大切だが、両立させる自信はある」と宣言した上で「余計なことは言うな」と釘を刺して見せるべきだっただろう。たとえそれが嘘だったとしても国民の期待に応えてそれくらい言い切るのが政治家というものである。

加藤官房長官を見てもわかるように今の自民党にはそうした器量が全くないどころか、世の中の感覚からずれてしまった人たちが意味のない競争に邁進するのをぼーっと眺めるだけの面白くないショーに成り下がっている。まるで動物園のようだ。

今のまま尾自民党政権では国難は乗り切ってゆけないと思う。早く退陣すべきだ。

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