「資本主義の常識」が通じなくなった日本でこの先、何が起こるのか。

菅政権を不信任にする理由はいくつもある。最近では政治的発言を控えなければならないはずの天皇陛下が「ギリギリの線」でオリンピックに懸念を表明せざるを得ないほどの心理的圧力を加えている。この一件だけを見ても「内閣の逆賊化」が進んでいると言えるだろう。今回は日本にはお金があるのに「手元にお金がない」という理由で不安を抱えたり将来を諦めたり事業を手放す人がいるということについて書く。

どうしてこんな政権が生まれてしまったのかということを考えるきっかけになるかもしれない。




まず思いついたところからニュースを見てゆく。色々とめちゃくちゃなニュースが報じられている。

  • 政府の特例貸付が1兆円を超えた。朝日新聞が伝えている。緊急小口融資と総合支援資金があり最大200万円まで借りられるそうだ。この資金はやがて返済しなければならないので経営者にとっては重い心理的負担になりそうだが、経済が再開する見込みは立っていないので、おそらくこれでは足りなくなるだろう。
  • 一方でコロナの予算は4割が使い残しになった。予算は73兆円になるそうだから30兆円使い残したことになる。企業がワクチンを多めに申請していたことが問題になっているがとんでもない。政府も同じようなことをやっているのである。つまり誰もがつまめるところから多めに摘もうという気分になっている。恒常的に何かが足りなくなることを予想して動く社会になっているのだ。
  • ではその予算はどうやって調達されたのかということを考えて見る。日本の国債残高は22年度に1000兆円を超えることが予想されている。つまり、借金で財政をまかない支持者に配れるように多めにとっておいたが結局コロナ対策に失敗して使えなかったということになっているのだ。
  • 政府は財政に汲々としている。日本にお金がないのなら仕方がない。だが実際には日本の2021年3月の経常黒字は2.6兆円だった。つまり日本経済全体で見ると「黙っていても入ってくるお金」が1ヶ月で2.6兆円あったことになる。ちなみに2021年がラッキーだったわけではなく81ヶ月連続で黒字を達成している。つまり単に法人税として徴収していないだけの話である。お金自体はあるが誰も所有権を手放したくない。だが自分で持っていても使えないので誰かに貸し付けているのである。これはお金を支払って循環させるのと実質的に同じことだ。

これらのニュースはバラバラに報道されていてお互いに連関がないが、まとめると不思議なことがわかる。

日本全体で見れば誰かが2.6兆円を手に入れてそれを再投資している。つまり日本にはお金がある。だから政府は借金をしても日本の財政が不信任を受けることはない。だから日本はさらに借金をして予算を確保できる。ところがその予算は「支持者に配らないといけない」として困窮している人にはまわらない。おそらく地方の観光業などの「困窮している人たち」が自民党支持なのだろう。代わりに「自民党を支持してくれるかはわからない」困窮している人には借金を押し付ける。もちろん返さなくてもいいのだが心理的負担はあるので「もう事業は継続できない」として事業をたたむ人も出てくるだろう。

日本にはお金があるのに「お金がない」という理由で事業や生来設計を諦める人が出てくることになるだろう。また、自民党を支持している人も事情は同じだ。自民党が有効な経済対策を打てるわけでもなく確保して隠した予算すら使えない。彼らは単に手元に持ってうろたえているだけである。最近の最も派手なお金の使い方は「友達を作るために1.5億円ばらまく」というものだった。生き金が使えない自民党は日本の経済に取り付いた疫病神なのだ。

国全体に金がないのであれば「仕方がない」と言えるのだが、国全体にはお金がある。また政府も信用を創出できる。だがこれらの資源を有効に使えておらず「お金がないという理由で将来を諦める人が出てくるのだ」ということになる。これは政府の問題であるから菅政権の不作為であるという結論が導き出せる。予算編成権を持ったまま生き金が使えない政権は今すぐ退陣すべきだろう。

だがどうしてこうなったのかがよくわからない。人々は資金を自分たちの手元に置いておきたい。これは儲かっている法人も政府も高齢者も同じである。だから誰も手元の資金・資本が使えない。とはいえ資金・資本は使わないと次の富を生まない。だから「貸付」だけが増えてゆく。

日本ではどういうわけか「使う人と所有者が異なる」ということが多く起きている。政府はお金を所有しておらず国民から借りている。そして小口の事業者たちは政府系金融機関からお金を借りている。「借りたお金は返さなければならない」と考えると非常に不自然な状態なのだが実はこれでバランスが取れてしまっているとも言える。

こうなると誰かが「借金を返そう」と思った時点で経済が混乱する。つまり借金は借金として抱えたまま全体的に利子が低い社会を作ることが選択される社会になるだろう。

企業は投資をしなくなる。新規ビジネスにリスクがあるが手元に置いておいてもお金は減らないからだ。小口事業者たちが借金依存に陥ると「まず政府にお金を返さなければならない」という気持ちになるだろう。これは投資よりも返済を優先するということだ。社会全体として投資が滞るのだから成長を阻害することになる。つまり大手企業はお金を使わずこれから成長のチャンスを作るかもしれない中小企業も成長を諦める。

日本は「資本主義が死んだ」世界なのだ。そう考えると菅政権は原因でもあるが「成長を諦めた社会がどんな政権を選択したのか」という意味では結果でもある。

ところがこれについて考えても、質問をしてみても答えは戻ってこない。この状態は当たり前だと考えられている。また既存の資本主義経済の鉄則とずれていて学術的フレームワークも使えない。つまり誰も異常だとは思っておらずなおかつ何が起きているのかもよくわからないという状態になっている。個別の事象だけが議論され自分たちの立場をそれぞれ正当化しただけで満足してしまう。知的にも退廃した世界が広がっている。

そもそも資本主義が死んだこの状態には名前すらない。うっすらとわけのわからない呪縛を受けているのだから呪われた資本主義と言って良い。

資本主義というのは蓄積した資本を使って将来性のある産業に投資することで成り立っている。貸し借りは短期的に行われその都度清算されるということになっている。つまり資本主義は成長を前提にしている。ところが今の日本経済の前提は将来的に起きる「経済の死」である。日本にかけられた呪いはおそらく将来に対する悲観から来ているのだろう。

日本は過去の蓄積が経済を支えていてその経済が政府を支えている。そして政府は支給ではなく貸付を経由して小規模事業を支えている。これは極めて単純に考えれば資本主義の真逆である。使える人には持たせず、使わない人たちは手放さない。

将来は立ち行かなくなることが予想されておりそれを延命するために「資本の所有権」を確保している。だがそれでは死蔵されてしまうので何らかの理由で貸付を行う。その貸付は資本主義では成長を支えているのだがこの経済ではそうではない。

複雑に考えたがこの経済で生き残るための鉄則はおそらく二つしかない。持っている人たちはできるだけ使わないことと借金を背負うなら返す義務がないところから借りて「返済しよう」などとは思わないことだ。

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