南アフリカに見る「選挙に行っても仕方がない」の意味

南アフリカで暴動が起きた。民主主義は一度壊れてしまったら回復が極めて難しいのだなと思った。選挙にゆくことは極めて重要である。




南アフリカで暴動が起きた。ズマ前大統領が汚職裁判に出頭しなかったことで法廷侮辱罪に問われ収監されることになった。前大統領収監に抗議するデモがあっという間に暴徒化し12日午後までに200以上のショッピングモールが略奪された。これまで1,200人以上が逮捕されているそうだ。

だが、政府の弾圧だけで人が亡くなったわけではなさそうだ。ショッピングセンターに押し入る際に将棋倒しがおきてなくなった人が多いようだとAFPが伝えている。経済格差が極めて大きい南アフリカにはショッピングモールを利用したくても利用できないという人が大勢いたのだろう。彼らが一斉にモールに押し入ったことで事故が起きた。

きっかけはズマ大統領側が流したフェイクニュースである可能性がある。またロックダウン疲れもあったのだろう。厳格なロックダウンでなんとか押さえ込んで来たというのが最初の感染拡大時のニュースである。そのあと2回波が来ていて現在は3回目の波のさなかにある。いずれにせよ新型コロナの対策をかなり強権的に行なっていて不満が溜まっていたのかもしれない。2021年6月の末のニュースでは270万人しかワクチンが打てていないのだがデルタ株(いわゆるインド型)が猛威を振るっている状態なのだそうだ。

背景には実務処理能力のない政府、政府の対策を理解できない一部の民衆といった問題がある。南アフリカは大きな格差のある社会だ。ANCは統治の経験がなく民主主義をあまり理解しない農村部のアフリカ系に支持されている。アパルトヘイトからの解放者というイメージがあるからだ。だがANCは経済格差を縮小することはできなかった。

2016年のハフィントンポストが航空写真を掲載しているが道を挟んでまるでアメリカ合衆国とメキシコ国境のような極端な社会が広がっている。つまり南アフリカには先進国と後発発展途上国のような二つの国が国境なしで共存しているような状態なのである。

日本のメディアはなぜか弱者の味方をしたがる。つまり白人が富を独占しアフリカ系が虐げられているというような絵を描きたがるのだ。だが実際には全く違ったことが起きている。虐げる側だったヨーロッパ系が国の混乱に絶望して海外に逃亡しているそうだ。格差は縮小できないのに乱暴な手段で土地を取り上げようとしている。

こうして南アフリカの民主主義は徐々に破壊されつつある。

実務処理能力のない政府が追い詰められて極めて極端な政策に打って出るというのは菅政権のコロナ対策によく似ている。そしてそれがさらに混乱を拡大させる。

Newsweekがなぜか南アフリカの事情を詳しく伝えている。ズマ前大統領が逮捕されたことから南アフリカの司法はかろうじて機能していることがわかる。もともと南アフリカにはアフリカーナーが作った政治制度があった。だがアフリカーナーは海外に逃げており「民主主義という箱はあるのに動かす人がいない」という状態になりつつあるようだ。

若い世代はそもそもアパルトヘイト自体をしらないので「解放者」としてのANCを支持していない。かといってそれに代わる政党がでるわけでもない。だから「選挙以外の政治運動」に頼っているという。つまり院外活動である抗議運動に熱心になるというのである。

この記事は2019年のものだがこの抗議運動にポジティブな意味合いを見出そうとしている。選挙に参加しなくても政治に参加意識を持ち抗議の声をあげるのが重要だと記事は訴えている。確かにこれだけを見るとそうなのかなという気がする。

だが、実際には政治運動に参加するどころか経済活動にもどうやって参加していいかわからず「略奪できる時に略奪できればいい」という人が大勢いる。そして彼らが殺到することで将棋倒しで死者が出るというような状態になっているのだ。

暴動自体はおそらく鎮圧可能なのだろうが、かといって民主主義を再構築することはできない。腐敗にまみれた政府が強権的な手段以外でコロナを押さえつけるのも無理だろう。

日本は政権に問題解決能力はないが、国民の教育レベルは高く、自治体や官僚組織にはある程度厚みがある。また自民党の支援団体も重層的で政府が暴走すると政党経由で抗議がゆく。選挙で問題解決ができないという点は似ているのだが、それなりの政治の厚みがあり極端なことは起こらない。極めて幸運な状態にあるわけだが、それでも一度壊れてしまえば簡単には取り戻せないというのは同じことである。

南アフリカの暴動を見るとそのことが改めてよくわかる。

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