バイデン大統領が始めた危険な報復ゲーム

バイデン政権がイスラム国の幹部をドローンで殺害したそうだ。カブールで13名のアメリカ人と3名のイギリス人(うち1名は子供)を含む大勢(BBCの報道では170名)が殺されたことに対する報復とみられる。内政上は正解なのだろうが「国際法上、こんなことしていいんだろうか?」と思った。だが、情勢はドタバタしていてとても「何が良くて何が悪い」などと評価する余裕はなさそうである。




バルカン半島で大量殺害が起こった時には長い時間をかけて裁判が行われた。いわゆる「人道上の犯罪」を裁くために国際裁判所が作られている。だが、こうした犯罪が人道裁判所で裁かれるのは「所詮他人事だから」なんだなと思った。いわば裁判自体が見せしめになっているのである。だから、自国民が殺されたとなると話が全く変わってしまい「いますぐ報復しろ」ということになる。欧米のダブルスタンダードだ。

何がいけないのかという話になるのだが、その答えも明白である。報復はエスカレートすることが知られている。バイデン大統領の仕掛けた危険なゲームはおそらくさらなる負担をアメリカ合衆国に強いることになるだろう。

ソマリアという国がある。ソマリアには報復文化がある。家畜が襲われると同じ価値の家畜などで補う文化があるのだ。だが完全に等価値のものを探すことは難しい。納得感を得るためには報復はエスカレートする。そうしてソマリアは内戦状態に陥った。この報復文化を長老による調停に変えた地域があり、その地域の政府は国際的には承認されないものの地域は平和を保っていた。ここを訪れた人が「謎の独立国家ソマリランド」という本を書いている。この本の著者と室町時代について研究した人の対談を読んだ。

一般的に人間の社会は、自力救済が横行する社会から、復讐が公に認められる社会に移行し、さらに復讐が制御される社会、復讐が禁止される社会というふうに進んでいくと、人類学的にも法律学的にも説明されます。

世界の辺境とハードボイルド室町時代

報復抑止は人類が学んで来た智恵なのだ。

国際法上は主権国家に勝手に介入して報復することは許されない。だが国際承認されていない地域に入っていって勝手に報復するということは何となく許されている。さらにアメリカ合衆国だったら何をやってもいいという奇妙な了解もある。中国が同じことをやったらおそらく国際社会は一斉に習近平国家主席を非難することだろう。

中国が入ってきて国家承認するということも考えられるのだが、彼らもイスラム過激派を抱えているのでテロリストとつながっている勢力を政府承認することは難しい。後ろ盾のない主体は国家になれない。そうなると「国家建設などという面倒臭いことは放棄して上から攻撃し続ければいいではないか」という理屈になりかねない。

稚拙な失敗を強硬な行動で隠蔽するというのはバイデン大統領の常套手段のようだ。

バイデン大統領はイスラエルのナフタリ・ベネット首相に「核合意がうまくゆかなかったら他の選択肢もある」と説明して見せたそうだ。記者団に語ったと書いている記事もあり、強硬派のナフタリ・ベネット首相い配慮したと説明する記事もある。相手を喜ばせようという意図やアメリカ国内の親イスラエル派にアピールしたいという気持ちがあるのだろう。

だがこうした発言は相手を怒らせる可能性もある。軍事行動の稚拙さと合わせるとバイデン大統領の提案には乗らない方が良さそうだし、実際には正面からお付き合いをする同盟国は減るだろう。

そもそもアメリカがアフガニスタンに介入したのは貿易センタービルなどに突っ込まれた報復である。捕まえて人道裁判しろなどということを主張する人はおらず「テロリストをやっつけろ」ということになった。それができない、そんなことをすればさらに被害が広がるということがわかるのに20年かかった。そしてまた世論は「だったら報復してもいいんじゃないか」ということになりかけている。おそらくアメリカ人は何も学んでいない。

アメリカ合衆国が単独で没落する分には構わないのだが、日本の防衛はアメリカに強く依存している。これは日本にとってもおそらくかなり危険な変化だといえるだろうと感じた。

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