実は岸田文雄と高市早苗では経済政策が議論できない

ふと思った。日本のリーダーは「なんとなくふわっと」決まってゆく。我々の世代には当たり前なのだが、安倍政権が長かったせいでこうした事情を知らない人がかなり大勢いる。おそらく、次世代のリーダーは政策とかイデオロギーで決まっていると考える人が多かったのではないだろうか。あるいは強いリーダーシップを持った人が選ばれると考えていた人もいるだろう。実はどれも間違いだ。ではなぜ日本のリーダーは政策で決まらないのかということを考える。経済を車のエンジンだとみなすとわかりやすい。株式会社日本は車のエンジンを組み立てるのは得意なのだが「車を走らせるある一番大切なもの」が足りないのである。




先日、ある疑問を投稿した。もともと福田派は経済安定成長路線だったのだがいつから新自由主義路線として知られるようになったのだろうか?

だがこの疑問はどこにも着地しなかった。誰も興味を持たないからである。そこで例によって自分で考えてみたのだが恐ろしいことに気がついた。そもそも日本には経済成長理論がないのだ。経済成長は自明のこととされていてそこからどう分配するかという理論しか生まれなかった。日本人はこれを経済政策と呼んでいるが正確には「分配政策」だ。

まず最初の疑問から解決する。もともと岸内閣はアメリカとの同盟を維持しながら独自憲法を制定し国力を高めて行こうという内閣だった。この時点ではどう復興させるかという議論が行われていて将来の経済成長について議論するゆとりはなかった。

岸には池田勇人と福田赳夫という後継者がいた。池田勇人は民間活力を使って経済を爆発的に成長させようという方法論を持っていた。着想の基礎になったのは下村治の経済理論だ。闇市でモノが盛んにやり取りされている状態を観察し「これを公式経済に取り入れれば日本は再び経済成長するだろう」ということを発見したとされている。つまり経済成長の素地となる意欲はすでに庶民の中にあった。政治が新しく作り出したわけではなかった。

下村の功績は日本経済の中に「成長の動機」を発見したことだった。エネルギーを採掘してきたのである。

福田も池田も主な理論構成は同じだったようだが福田赳夫は池田の「爆発的成長路線」には懐疑的だったとされている。結局池田派が勝ち福田はしばらく総理大臣になれなくなる。つまり福田は「国家管理による安定的経済成長論者」だった。安全保障ではタカ派なのだが経済理論では管理派だった。これが伝言ゲームを起こし最終的には新自由主義路線につながって行く。

一方、池田勇人路線は岸・池田・佐藤・田中と受け継がれる。つまり高度経済成長路線が続き官僚出身者ではない「学のない」田中角栄が地方に分配するという経済に変質していた。ここでも伝言ゲームが起きている。ここで物価が狂乱し福田赳夫が大蔵大臣として収拾に乗り出した。田中角栄が金権政治で表舞台にいられなくなると弱小派閥の三木武夫があとをつぐ。ロッキード事件の徹底解明を目指したため三木おろしで降ろされてしまう。福田赳夫が総理大臣になったのはその後である。

福田が作った清和会(現在の清和政策研究会)はタカ派である。タカ派があるから岸田文雄の路線が説明できる。それが「日本の政治を新自由主義から温情のある日本型の資本主義に戻そう」というソフト路線である。だがソフト路線があったのでその対抗だった福田の派閥の路線では経済対策もタカ派になり新自由主義的な路線が定着したと考えるとわかりやすい。

だが、これらは実は「高度経済成長期」の成長が自明だった時代を前提にしている。もともとの池田・下村理論も闇市にすでにあった経済成長を公式に移植したものだ。つまり日本の経済成長理論には「燃料」の議論がない。燃料がないのに出力を計算してそこから作られたエネルギーで何をしようかということを決めようとしている。だから議論にならない。バブルがはじけてから日本に経済理論が育たなくなったのは当たり前だ。分配議論しかしてこなかったからである。

エンジンの作り方は上手になった。だがガソリンスタンドがどこにもない。これが現在の経済議論である。

つまり厳密にいうと岸田の理論は地方を切り捨てて中央を守りますよという政策の転換であって経済政策の転換ではない。つまり経済政策ではないのだからカウンターの理論が成り立たない。高市早苗のサナエノミクスに至っては分配議論すらなく「このままで大丈夫だ」と言っているだけなのでお互いに議論が成り立つはずはない。池田・下村理論の燃料は国民のやる気だったので再生産が可能なのだが、サナエノミクスの燃料は過去の蓄積であるからやがて尽きてしまうことがわかっている。持続可能性がない状態を引っ張ろうとしているのがサナエノミクスである。

有権者にせよ国会議員いせよおそらくあまり経済政策の中身は理解していないし吟味もしていないのではないかと思う。だからこれが経済理論でないということを誰も気にしない。おそらくこれで人気が出なければ「こんなはずじゃなかった」とか「話を聞いていなかった」などと騒ぎ出すだろう。次の山場は2022年夏の参議院議員選挙である。

所得倍増理論も佐藤栄作に受け継がれ田中角栄が簒奪し「地方にもバンバンインフラを作るぞ」というバラマキになり竹下政権で「地方に一億円づつ配るぞ」という政策になった。そしてバブル崩壊でこの路線は消えてしまった。岸田宏池会が名門派閥でありながら自力で総理大臣を出せないのはそもそも彼らを支えてきた分配理論がなりたたなくなってしまったからである。宏池会は燃料のありかを見失ってしまったのだ。

だが、岸田・高市の記者会見を見ている限り「なんとなく菅総理の経済対策よりはまともに見える」のも確かだ。これは我々一人ひとりの国民が分配政策を経済政策だと思い込んでいるからである。

日本人は理論化が苦手なので歴史的経緯によって形成された理論もなくなってしまうと総合政策がまとめられない。歴史を継承しなかった菅総理の経済政策は「携帯電話料金を安くする」というものだった。政府はもはや分配ができないので携帯電話会社の儲けを吐き出させようとしたのである。

野党連合も同じような理由で経済政策が作れない。実際に政府を運営した歴史がほとんどないからである。埋蔵金をあてにして高福祉を実現しようとしたが失敗に終わった。歴史的経緯の積み重ねがないので「ちゃんとした」路線が作らない。

そこで現在の路線の否定にのみ注意がいってしまうということになる。立憲民主・共産・社民・れいわ新選組は共同政策を作るそうだが「安倍路線の正常化」だけが唯一の共通点となっている。反原発と消費税減税が前面に押し出されるようである。

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