なぜか親中国派と見られている河野太郎

河野太郎候補に関するデマが出たという。毛沢東バッジをつけているという話だったそうだ。親中派とみなされているのだろう。ヤフーニュースのコメント欄ではどうやら高市早苗対河野太郎という図式ができているようである。高市候補に信者がついているのである。




安倍前総理は高市早苗を応援している。おそらく安倍総理が中国を成敗し日本を再び偉大な国にしてくれるという期待を持っている人がいるのだろう。勧善懲悪の世界だがおそらくこれが現在の「保守層」と言われている人たちを支えているのではないかと思う。これを右翼という人もいるだろうが名前はなんでも構わないのだが、ここでは新興保守という名前で呼びたい。新興宗教と同じような宗教だと思うからだ。だから新興保守の人たちは支持者ではなく信者である。御本尊は安倍前総理だ。

彼らにとっては中国こそが敵でありその敵を成敗してくれる安倍前総理が救世主だ。だから安倍前総理が応援する高市早苗候補は前の側の人である。となると当然その行く手を阻もうとする河野太郎は悪ということになる。極めてわかりやすい

これまでも保守という考え方はあった。それは日本の伝統などを大切にしようという考え方のはずだが、実際の保守には「民主主義では解決できない問題を裏で解決する」というアンダーグラウンドなイメージがあった。それ以前の保守には東洋哲学をベースにした学術的な素地があったが、そうした伝統的な保守は戦後のある時期に死に絶えていたのではないかと思われる。

「保守」と「新保守」は何が違うのだろうかということを考えてきたのだがなかなかうまい定義はできない。表面的には同じように見えてしまうからである。

今回の動きを見ていると「新興保守」というのは敵を前提にした救世信仰だということがわかる。意外と古くからある考え方なのかもしれない。世界は常に悪魔に狙われているという前提がありその悪魔を基軸として全ての価値観が決まってゆくという世界だ。日本の学校はまともな政治教育はしないので多くの人がこの救世信仰に堕ちてゆく。

伝統的な宗教と新興宗教は何が違うのかということを考えると「表面的な様式はそれほど違いがない」と結論づけなければならないことが多い。そもそも新興宗教は伝統宗教を模したり、伝統宗教に偽装しているからである。

最も違っているのは動機だ。新興宗教は宗教の体裁を使って誰かを動かして何らかの利益を得る。「お布施」と称して財産を継続的に巻き上げる。ただ信じているだけではダメで「信仰の証としてお金を配らなければダメだ」と言われる。また、信者はタダ働きを修行と思いこまされている。つまり、労働力として利用されているのだ。

結果として教団は財を蓄えどこかに立派な聖堂が作られる。

政治評論家たちの安倍前総理評は極めて辛口である。安倍前総理は自民党の保守離れを懸念している。古くからの自民党支持者たちが離反しているそうだ。その理由と考えられているのが菅総理の保守離れだ。菅総理は実務型・実利型で価値観にはあまり重きを置いていない。

Sankei Bizの記事を読むと保守層はデジタル化などの成長戦略を対して評価していないことがわかる。彼らは日本の成長は中国や韓国に盗まれたのであると考えている。だから中国や韓国を成敗すれば日本は再び成長すると考えているのである。被害者感情を持ったマジョリティの盗まれた怒りというのは特に珍しいものではない。アメリカ共和党もこうした人たちにさせられていてトランプ政権の支持基盤になった。正当に評価されていると感じられないマジョリティ(多数派)は体制を攻撃するより権力者の心地よい嘘に騙されたがるというのは実は珍しいことでもなんでもない。

安倍前総理は何らかの信仰心が自民党を支えているということを知っていて高市候補を通じてそれを具現化して見せようとしている。

だが実際には高市候補が総理大臣になれるとは誰も思っていない。おそらく河野・岸田の対決であり、決選投票に持ち込むことができれば現状維持の岸田候補が勝つ公算が高いと言われている。新興保守はSNSの書き込みを「救世のための政治的運動」だと思わせたい。おそらくボランティアもそう考えて書き込みをしているのだろう。

だが新興保守はお布施を取ったりはしない。信者から支えてもらえなくても国庫だけ握ればお金はいくらでも引き出せるからだ。

おそらく安倍前総理も本音では現状維持が好ましいと考えているのだろう。岸田候補もそれがわかっていて、安倍前総理を刺激することなく自民党の経済政策を保守傍流のタカ派から保守本流のハト派に戻そうとしているようだ。どっちみちタカ派の助けなしには政権運営はできない。1.5億円の説明についても言及は避けた。今「説明は不十分だ」として安倍前総理一派を刺激したくないからだと思う。また将来的にもきちんとした説明を求めるのかは実はよくわからない。

安倍前総理の高市支持というのは「新興保守」をつなぎとめるための演技であり彼らは単に利用されているだけなのだろう。それでも幸せという人が一定数いるんだろうなと思う。ただ結果的に彼らの一部にはデマを飛ばす人がいる。それも含めて彼らは政治運動だと思い込んでいるのだ。これもトランプ支持者と似た傾向であり実はありふれた構造なのだということがわかる。

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