Saved by the bell – 立憲民主党は岸田内閣に救われた

短い国会期間を終えて総選挙に突入する。総選挙に突入すると選挙報道が限定される。つまり皮肉なことに政治についてよくわからなくなってしまう。菅政権はコロナ対策の効果が出てくるまで選挙を引き延ばしたために解散が任期切れ直前になった。

ところが支持率が思ったほど上がらなかったため今度は岸田政権が選挙を前倒しにした。つまり自民党の都合によって選挙日程が振り回され続けたことになる。

ただしこれで自民党を非難するつもりにはならない。立憲民主党はむしろ今回の件で岸田政権に助けられたのではないかと思う。それくらい危機的な状況だった。Saved by the bell(土壇場で運よく助かった)というべきだろう。




足元で支持基盤が音を立てて崩れている。

例えばトヨタ自動車の労働組合は自民党に接近しているそうだ。愛知10区の古本伸一郎さんは土壇場で出馬を取りやめた。理由は「選挙で自民党と戦えばその後自民党に何かとお願いしにくくなる」からだ。さらに支持母体の連合の新会長が共産党とは閣外協力であってもあってはならないなどと表明した。立憲民主党は今や既得権益化した正社員中心の労働組合からは離反されつつある。

野党陣営は安倍菅政権から無視され続けてきた支持層と自民党に泣いてすがりたい労働組合との間で股裂状態になっている。

労働組合がしがらみから解放されたくないのだから、立憲民主党は「非正規など比較的地位の弱い人」や女性などさらなる権利獲得が必要な人たちの代表にシフトする以外に道がない。だが枝野代表は最後まで踏ん切りがつかなかったようだ。土壇場まで政策集がまとめられなかったため政策を小出しに打ち出すしかなかった。最後まで憲法についてもまとめることはできなかったそうだ。

この内部分裂は何かに似ている。それが末期の社会党だ。末期社会党の中には政権対立路線を継続するか妥協するかの二択だった。結局村山富市総理のもとで「修正」を選択するのだが時はすでに遅くその後内部分裂を起こして事実上消滅することになった。社会党は決断が遅すぎた。

選挙区調整自体はうまく進んだ。全部で220の選挙区で調整が済んでいるのだという。ただこれも「ただでさえバラバラなのに共産党の支持なしでは勝てなくなるかもしれない」という不安要因にもなっている。

選挙区調整をめぐっては枝野幸男代表は小沢一郎氏に共産党との調整を打診したようだが「全く返事がない」と不快感をあらわにした。実は直前まで岩手でもめていてそれどころではなかったようだ。結局は小沢さんが折れて現職の出馬が決まったそうである。危機感はかなり強いようで告示日に岩手に戻ったそうだ。それほど厳しいのだろう。

枝野代表は岸田内閣を「自分の思いが貫けない内閣だ」と批判したがおそらくそれは枝野代表にも当てはまる。一人から初めてここまで政党を大きくしたが規模を優先したために却ってまとまりと政策を欠く集団になってしまった。

山本太郎れいわ新選組代表は突然「東京8区から出る」と表明した。どうやら直前までれいわ新選組に選挙区を譲るという話があったようだが直前になって反故にされたようである。スポーツ紙ベースでは「協議について録音している」という話も出ている。このままうやむやにされるなら表に出してしまおうということなのだろう。

安倍・菅政権にうんざりしている人の中には「対立軸を信じたい」という人たちが大勢いるだろうが、立憲民主党に期待すればするほどそれは大きな徒労感に変わってゆく。大きな目標が共有できずいつまでも小さなところでもめ続けているからだ。

ここまでで終わると「では枝野代表を替えればいいのではないか?」という話になりそうだ。だがおそらく状況はそんなに単純なものではないのだろう。

背景には日本政治の賞味期限切れがあるのかもしれないと思う。

日本は社会民主主義国家だった。日本の資本主義はマルクス主義の流れをくむ計画経済を一部導入した「混合型資本主義」だったということは広く知られている。国家主導の社会民主主義なのでいわば全体主義的な国家社会主義体制である。これが「成長と分配の好循環」を作っていた。いわゆる小泉・竹中路線から安倍菅路線はこの国家社会主導体制を諦めるという政策である。おそらく小泉・竹中路線の問題点は次を用意せずに自分達だけ逃げ果せようとしたところなのだと思う。つまり小泉・竹中路線は新しい政策を作らず既存政策を放棄したのである。

立憲民主党の政策の基礎になっているのはこの社会主義体制への回帰だ。だからそもそもこれが現実的に実現可能なのかという議論をすべきだった。しかしながら「2019年以来の悪夢の民主党政権」という安倍元総理の挑発に乗ってしまい独自の経済研究や分析は進まなかった。

岸田政権が出てきた時「非主流派だった時代に政策研究をしたのかもしれない」と期待をしてみた。岸田政権も国家社会主義体制からの脱却を見直すべきだと提唱していたからだ。だがどうやらそうではなかったようだ。所信表明演説で聞く限りおそらく岸田政権は安倍政権の何が悪かったのかという総括はしていないようである。安倍元総理におもねって言えないわけではなくそもそもないのだろう。

まず安倍政権に代わる成長のアイディアが出てこない。代表質問答弁では原稿を棒読みし様々な施策を総花的に列挙していた。官僚たちが作った政策のカタログがありそこから安倍政権が取りこぼしていたものを落穂拾いしているだけである。

落穂拾いの無策ぶりが最もよくわかるのが米価下落対応である。コメ農家は社会主義と資本主義の混合的な経済を生きている。コメ農家はコメ市場を資本主義から切り離してほしいといっている。これが「市場隔離」である。「岸田総裁候補」は市場隔離に一定の理解を示したといっていたようだが、岸田総理は「15万トンの特別買い上げ枠を作って市場調整する」といっている。日本のコメの総生産量は700万トンということなのでざっと2%程度にしかならずおそらく価格調整には役立たないだろう。

コメだけをみても政府主導の生産調整はうまくいっていない。なんとなく様々なプログラムが走っているだけである。集約化を図り飼料米への転作がはかられる一方で「農家は自分で考えて売れる作物を作りなさい」という指導がなされる。すると農家はコメを諦めず「より高く売れるブランド米」を作る。ところがコロナ禍で外食需要が減りブランド米が売れなくなると今度は「政府に全良買い取って欲しい」と持ちかける。こうしてなんとなく政府主導のようなそうでないような状態が続き「やっている感」を演出する弥縫策が繰り返されるという具合だ。

問題は複雑化するが小選挙区化が進むと政策は集約される。強烈な成功体験がある日本経済が「かつての成功」を模索するのはある意味当然のことである。ところが皮肉なことにこれが発想の近視眼化を生んでいる。

10月31日は実は本質的な違いがないところからAとBを選びなさいという選挙である。つまり、有権者にはそもそも選びようがない。つまり立憲民主党が行き詰っているわけではなく国家が方向性を見失っているのであり、おそらくその原因は小選挙区制度なのであろうということになる。

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