佐賀市長選挙で自民党系候補が勝利した話

佐賀市長選挙が行われたらしい。保守分裂選挙になったのだが結局は自民党が推した候補が勝ったということだ。千葉市長選挙と同じような構図だったが表現としては「立憲民主党勝利」と「自民党勝利」ということになり大きく印象が異なる。この二つの選挙には共通点と相違点がある。千葉と佐賀という全く異なる県庁所在地で同じようなことが起きているところから、おそらく日本全体で何かが起きているんだろうなあという気がする。横浜市の事例も交えながらこの辺りをゆるっと見てゆきたい。




まず千葉市長選挙だ。民主党議員出身の千葉市長は情報発信に長けており市内で人気があった。知事に転出するということで後継として指名したのが総務省官僚出身の副市長だった。自民党の高齢議員が中心になって立憲民主党らと相乗りで副市長を応援した。これに反発したのが市議会議長を経験した自民党の元市議だ。若い議員が中心となり自民党の独自候補として立候補した。「自民党が負けた」という印象を作らないように国会議員はあまり応援に入らなかった。唯一ポスターに顔があったのが東葛地区を地盤にする桜田義孝さんだった。元市議会議長は一時期「武者修行」として桜田さんの秘書をやっていたらしい。結局、副市長が勝利して「立憲民主党勝利」などと報道された。

佐賀市長選挙でも現職が辞めることになり新人同士の戦いになった。自民党は国土交通省出身の元官僚を擁立したようだ。ところが一部の議員たちはこれに反発し地域振興部長を立てた。地域振興部長は「連日要請があったが立候補したので勝てなかった」と分析している。58歳ということだから定年まではまだ時間があった。かなり躊躇したのだろう。立憲民主党の原口一博さんはこの地域振興部長に乗ったようだ。表向きは自民党批判は封印したそうだが「便乗して政府批判をやるのではないか」と冷ややかな見方があったという。

この二つの市長選挙は有権者の立場から見ると共通点がある。どちらも比較的若い官僚出身者の「確実な」候補が選ばれた。そして彼らに比べると新鮮味に欠ける候補者が脱落している。千葉市長選挙では昔からの千葉市政を象徴する議員が負け佐賀市長選挙では市職員が負けた。古くからの政治は「利権誘導型」だというネガティブな印象もあるかもしれない。有権者はおそらく立派なキャリアと若い見た目に期待している。「パリッとした」候補が好まれるイメージ先行の都市型選挙という感じがある。これは横浜市長選挙にも言えたことだ。

さらに自民党の議員が割れた。現職がいる場合は立憲民主党系も自民党系もオール与党になってしまう。相乗りして予算編成に関わらないと「仕事をすることができなくなってしまう」からだ。だが現職が辞めてしまうとこの「一枚岩」が崩れることがある。それだけ政治が不安定化していることの現れだ。横浜市長選挙では現職が負けている。IR(カジノ)という要素がいかに大きく市内政治を揺らしたのかということがわかる。IRの是非というより新しい利権が持ち込まれてパワーバランスが変わる恐れがあったということなのかもしれないし単に感情的なシコリだったのかもしれない。

立憲民主党も地域を押さえているとは言えないというのも実は共通点だ。千葉市長選挙は元職に人気があったため国会議員たちが表に出てこなくても勝つことができた。熊谷現県知事は「敵を作らない」オール与党政策を取っていたので敵が少なかったのだ。佐賀市長選挙では原口一博という国会議員が出てくることで「余計なことを言い出すのではないか」として敬遠された。

横浜市長選挙も外から菅義偉に介入されたことで状況が混乱したが、こちらはおそらく江田憲司が市内を押さえていたのだろう。組織として地域を押さえるというところまで行っておらずかなり属人的に管理されているのだろうなと思う。これはおそらく自民党も立憲民主党も似たような状況にあるのではないかと思われる。日本の小選挙区は実は個人商店的な管理のされ方をしている。ただ公認権だけが中央に握られているということになり、江戸時代の藩に似ている。

藩の実情を支えるのは地域利権のネットワークだ。これはガラス細工のように繊細に組み立てられている。ガラス細工を形成しているのは人と人のつながりである。これがよくわかったのが横浜市長選挙だった。菅総理が肝いりで進めようとしたIRが「博打である」として地元の実力者の反感を買った。菅総理と懇意だった小此木八郎国家公安院長が自ら市長選に参戦したが状況は変わらなかった。普段から目配りをしていないと地元の複雑な人間関係が整理できないのである。

実は保守分裂選挙というのは「地域が衰退して動揺している」ということを意味している。今回の衆議院議員選挙には国政レベルの目立った争点はないのだが国が安定してるというよりは地方レベルの動揺が中央に伝わってこなくなっているということを意味しているのかもしれない。日本記者クラブ主催の党首討論会でも地方の話題に触れる人はあまりいなかった。おそらくあの党首討論会を仕切っている人たちも偉くなりすぎて地方の情勢がわからなくなっているのではないかと思う。

今回の衆議院議員選挙は国政レベルでは「みんな似たり寄ったりのことを言っていて選択肢がない」という状態になっている。この結果「他に選択肢がないから」という理由で現状追認が行われる。

その裏で部外者も増えていて「誰を落とすか投票したい」という人が増えている。いわば妨害型選挙になってしまっているのだ。さらに地方に目を向けると自民党が作り出して来た利権分配構造が安倍菅政権で崩れつつあることがわかる。中央と地方が乖離することで三極化が起きていることになる。

ところが小選挙区制の日本では自民党の代替になる勢力が現れない。言い換えれば新しい政治を支える支持者集団が現れないのだ。こうした勢力が最初から大きな塊になることはない。10年レベルの歳月をかけて育ってゆくのである。枝野代表が苦労しているのは「そもそも一から政権を狙える組織など作れない」が「それをやらないと総合政党になれない」というジレンマだ。だからと言って促成的に組織を作るとそれはそれでマスコミに非難される。

このため均質化と妨害と利権争いという不毛で熾烈な政治的光景が作り出されているものと考えられる。

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