韓国の保守と日本のリベラルの意外な共通点

韓国の与野党大統領候補が出揃った。共に民主党は元京畿道知事の李在明氏が決まっていたのだが、野党「国民の力」は尹錫悦氏で最終決着したそうだ。これまで当ブログでは「立憲民主党などの野党共闘」について見ている。韓国の保守事情は比較対象として面白い。

権威主義の強い日本や韓国の野党は一致妥結することが難しいのである。それは野党に地位の分配ができない上「非主流派の自分たちは世間から見放されるのではないか」という恐れを抱えるからである。実は「リベラルだからまとまれない」ということではないのだ。

キーワードになるのは「正しさの追求」である。




朴鍾憲大統領が汚職で政権を追われ革新系の文在寅政権が誕生した。背景には国民総出のデモがあった。汚職事件を受けて民意は圧倒的に進歩派に傾いた。没落した保守が最終的に代表に選んだのは朴槿恵政権崩壊の立役者の一人だった尹錫悦氏だった。この人が「左傾化した韓国を正しい道に戻してくれる」と期待している。だが尹錫悦氏は政治家ではない。もともと検事だった人である。

韓国で高度経済成長を実現した朴正煕の娘である朴鍾憲大統領はまずハンナラ党に入党した。だが不祥事が頻発しイメージアップのために党名をセヌリ党に変える。英雄の娘の「改革」により党は躍進した。だが程なく「友人を国政に関与させていた」という疑惑が持ち上がると支持率が急落する。最終的には弾劾されてしまいソウル中央地検に自ら出頭した。

尹錫悦氏はこの崔順実ゲート事件の捜査責任者として活躍した。文在寅大統領によって検察総長になるのだが今度は法務大臣の追い落としを行い文在寅大統領と対立するようになった。曺国法相を起訴し秋美愛法相に妨害された。

この対立は最終的に検察総長と法務大臣の間の裁判に陥った。最終的に勝ったのは尹錫悦氏だったのだが勝利が確定すると検察総長を辞任し保守に転じて進歩派打倒を目指すことになる。まるで韓流ドラマを見ているような展開だ。

韓国の保守が揺れる中で多くの政治家はセヌリ党を抜け「正しい政党」を作った。その後保守集団は離合集散を繰り返し最終的に「国民の力」に再結集した。この辺りの過程は複雑でWikipediaを一回読んだくらいではよくわからない。おそらくポイントになるのは「正しい」という表現だろう。韓国語の바르다には「正道に立脚した」という意味だそうだ。日本人がやたらと使いたがる「保守・中道」に似ている。

欧米人は党派を作る。党派が偏っているとは彼らは考えない。だが韓国人や日本人は物事には「偏っていない・正しい」道があると考えている。自分たちに自信がない人たちほどこの「正しさ」を求める。立憲民主党がリベラル・革新という言い方を嫌い「自分たちは保守中道である」と言いたがるのはこのためだ。国民民主党も「リベラル・革新・左派に冒されていない正しい」民主党という意味合いの政党だ。民主党を経て自民党に入党した保守の人たちは右傾化する傾向が強いのだが、これは彼らが左派臭を抜いて「正しい道」に戻るために必要な儀式である。

だが日本では自称の正しさは支持されない。実は全く別の原理によって動いているからである。実際の日本の政治は村の利益を守るために結びついたネットワークが藩を作りまとまっている。藩主はよそ者であってもいいが村の利権を保護しなければならない。つまり、日本人のいう「正しさ」は利権保持のための大義名分に過ぎず、正しさの追求は目的ではない。今持っている権限を保持し続けるためには現状が維持されていなければならないから「正しさ」が求められるというだけの話なのだ。

尹錫悦氏は政治家ではなかったので韓国保守の離合集散プロセスには参加していない。最後まで入党を迷っていたようだがやはり組織なしで戦うのは難しいと判断したようだ。結局国民の力に入党することを7月の末に表明し3ヶ月かけて大統領候補選びが行われたようである。

韓国の大統領選挙はスキャンダルと支持率によって決められるという極めて「民主的な」ものである。

新聞やケーブルテレビによって疑惑が報道されるとそれによって支持率が上下する。尹錫悦氏も例外ではなくスキャンダルによって支持率が下がったとかいやそれほどではなかったなどの記事が多数出てくる。中でも大きかったのは義母(妻の母親)の給付金詐欺疑惑である。もちろん不正受給はいけないことなのだろうが尹錫悦氏が政治的にフィーチャーされたので身内のアラを探せということで犠牲になったのだろう。最終的に実刑判決を受けたそうだ。

おそらく韓国の政治の最も困難なところは「誰でも何らかの悪いことをやっている可能性がある」という点だろう。つまりそうしないと生活が成り立たないという人が大勢いるということになる。それは尹錫悦氏だけではないようだ。朝日新聞は与野党ともにスキャンダルが噴出していてひどい大統領選挙だと書いている。

だからこそその反動としてイデオロギーではなく「金権打破」に取り組んでくれる権力から遠い人が好まれる。だがこうした人たちは例外なく権力に取り込まれてしまい何らかの疑惑で有罪判決を受け司法に処断される。

尹錫悦氏は「与野党ともに忖度しない」姿勢から大統領候補に選ばれた。言い方を変えると政治的に適切な物言いができないということにもなる。朝日新聞によると失言も多いそうである。

よく、日本の野党の支持者たちは「人々が政治に興味を持てば世の中は良くなるだろう」という。おそらく彼らは自分たちこそが正しいと信じていて「無関心な人々が目覚めれば自分たちの正しさが周知されるであろう」と信じているのではないかと思う。

だが韓国の事情を見ていると必ずしもそうはなりそうにない。韓国ではそれぞれがバラバラに「正しさ」を主張し続けており離合集散を繰り返している。これは日本の「中道」にも言えることだ。永遠に浮遊しないためにはどこかに現実との接点を探す必要がある。

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