場当たり的に外国人労働者の受け入れ策が議論されようとしている。

児童手当の所得制限に関する議論がちょっとした騒ぎになっている。どこからどう手をつけていいかがわからない原因は過去の場当たり的な政策決定にあるようだ。

もともと公明党は所得制限なしの未来応援給付を主張していた。支持者へのアピールなのだろうが複雑さをできるだけ排除して「手っ取り早く配る」という意味では最善の政策かもしれない。地方行政の事務の不効率さは目に余るものがあるがこれまで下請けに丸投げする感覚で地方に事務を委託してきた中央政府にはさらに事務処理ができない。つまり政府に頼っていてはいつまでも効率的な分配はできない。「だったらばらまいてしまえ」というアイディアは乱暴だが次善の策としては一定の合理性がある。

不効率さの根っこにあるのはデザイン思考のなさであろう。場当たり的に事務処理システムを拡張してきているので不具合が見つかっても一斉にシステムを切り替えることができない。それどころか設計思想がないので何をどう変えればいいのかという議論にすら着手できない。まるで石油コンビナートの入り組んだパイプラインのようなものだ。

今回話がややこしくなった原因は自民党の弥縫策だった。自民党は所得制限を設けることで「バラマキ批判」に対応したつもりだったのだろう。また公明党を外して維新などと組み改憲を進めたい勢力に対しての一種の牽制になる。本当のところはわからないが岸田総理は憲法というおもちゃを安倍前総理に与えて政策には手出しをしないようにさせたいのではないかと感じてしまう。これもその場しのぎである。

児童手当の経緯を調べてみた。もともとの導入は1970年代だったようだ。終身雇用が定着しており女性はあくまでも家にいるか補助労働力として夫の扶養のもとでパートに出るという形態が一般的だったのだろう。いわゆる「標準家庭」だ。

ところが行政改革が叫ばれるようになると所得制限の議論が起こるようになった。そしてそれでは厳しすぎるという議論になり2006年の小泉政権末期に「だいたい上位10%くらいがかかるように」ということで標準家庭という考え方を残したまま所得の上限が作られていったようである。960万円の根拠について検索しても記事はどこにも出てこない。

ただ、今回調べていて公明党が子供の支援にこだわる理由はわかった。そもそも児童手当は公明党の手柄として地方で始まり国が後から取り入れた制度だったようだ。現在の日本で総合政党として成功しているのは自民党だけで公明党もまた「地方政治あがり」だったのだなということがわかる。

つまり公明党はかつての成功を語り継いでおり、今回もそれを模倣しようとしたのだと考えられる。

おそらく今回議論になってしまったのは公明党の好きにはさせたくないという自民党の党内勢力が「抵抗」を示したからだろう。政調会長に関与させずに幹事長預かりにしたことで議論が錯綜した。おそらく高市発言がなければそのままなんとなくなし崩し的に支給が行われていたのかもしれない。

実はこうしたちぐはぐさがまた一つ露呈しようとしている。地方では労働環境が悪化している。そのため日経新聞に「外国人就労「無期限」に 熟練者対象、農業など全分野」という記事が出た。地方に配慮する岸田政権が「今労働者にいなくなられては困る」という要請を受けたのだろうと思われる。つまりこちらも地方の声を受けたボトムアップ型の政策である可能性が高い。

この記事は外国人就労が無期限になり家族が帯同できる「だけ」でありこれは移民ではないという説明になっている。だがこの無期限就労者は日本で子供を産んで育てることになる。つまり実質上移民政策に舵を切ったことになってしまうわけだ。時事も「永住」と書いている。親の就労資格がなくなったからさあ帰ってくださいなどといっても「僕は日本しか知らない」という子供たちが素直に納得するかはわからない。

自民党内の右派は例えば武蔵野市で松下市長が提案した「外国人に住民投票への参政権を認める」という方針に反対している。ヤフーニュースの記事でも「乗っ取りが心配である」という巷のコメントが多く掲載されている。外国人の処遇を具体的に決めるのは地方自治体なので地方自治体がどんな判断をしょうが自由なはずだ。だが実際には提案しただけで「労働力だけ利用して権利は与えるな」という声がでる。搾取思想そのものである。

Quoraで聞いたところ「農業は奴隷労働だ」という回答がついた。ちょっと極端だなという気はするが実際に彼らが権利を求めて騒ぎ出したら国際世論は黙っていないだろうなと感じた。ただ本当に外国人が抵抗するのはしばらく先であろうとその時は考えたのだが意外とその時期はすぐにやってくるかもしれない。

小泉政権あたりから始まった派遣解禁はあっという間に社会に蔓延した。これで日本社会はかなり疲弊したと思うのだが政府は更に安い労働力を求めて外国人に手を出そうとしているようだ。皮肉なことに削減した人件費を企業が貯めこむようになると痛んだ困窮者の面倒を見るのは政府になる。こうして政府の企業に対する借財は膨らんでゆく。これは国民が企業や大型投資家にお金を借りているのと同じことだ。

今回の外国人労働者受け入れは保守派が考える「外国人排除」には沿わない動きである。憲法は保守派の意に沿うような形で議論が進み経済ではなし崩し的に「国際化」を進める。場当たり主義的な拡張は今も進行中なのである。

Google Recommendation Advertisement