リスク社会とは皆様のNHKが正解を提示できなくなった社会のことだ

木曜日のあさイチは面白かった。室井佑月さんが政府の御用学者とみなされている中川恵一氏の見解にかみついたのだ。詳細はコチラから。そもそも20msvという値に対する学識者の対応がばらばらなのに加えて、食べ物から入る被爆量は考慮されていない。各官庁が縦割りで基準値を出しているからだ。だから室井さんは「福島県では郷土愛から子供たちに地元の農産品を食べさせているようだが、せめて食事だけは地域外のものを」と発言したのだろう。

ここでNHKはジレンマに悩まされる。「みなさまのNHK」としては、福島の野菜や魚の安全を疑問視されては困る。風評被害につながるからだ。

ここで色々な人の思いの思いが錯綜する。ここで飛び出したのが柳沢秀夫解説委員である。他の出演者の話を遮って話を進める。いっけん、中川さんを批判しているような調子で「火消し」に走った。これがどきどきした理由である。そして、テレビって面白いなあと思った。声の調子や表情からかなり明確に場の葛藤が伝わる。

原子力発電所の問題は科学技術に属することなので正解がわかりそうだが、実際はそうではない。なぜならば、今後20年になにが起こるかは誰にも分からないからである。今、原子炉の中でなにが起こっているかすら分からない。セシウムの挙動についてもよく分かっていないようだ。

番組の途中から中川さんも、口に出しては言わないものの「俺もどうなるか分からないもんね」的な態度を見せ始める。そして、お得意の「野菜を食べない人」と「受動喫煙」を持ち出して、話をそらそうとした。しかし、2か月以上こういうお話に付き合わされて来たNHK側の人たちは、もはやこの手法には反応しない。

室井さんが主張するように厳しく基準を当てはめると、避難区域はさらに広がるだろう。もしかしたら福島県全域に人が住めなくなるかもしれない。そして福島県の農産物や水産物は深刻な風評被害に晒されるだろう。財界と株主は負担しないことを決めたようなので、そのコストを支払うのは国民と東京電力圏内の人たちだ。

誰も正解がわからないのだから、この問題に関してNHKは「みなさまの」(つまり万人が満足して、良かったよかったと喜び合える)ポジションを取りえない。「情報をお伝えする事によって視聴者に安心していただく」こともできない。もしNHKが「みなさまの」ポジションを取るならば、NHKは最初からこの問題を扱ってはいけなかったことになる。

新しいことに踏み込む前に、西洋文化では、確率を計算する。中央に「起こりそうなこと」の山ができ、左右両端に「起こりそうもないこと」が位置する。起こりそうもないことを過度に心配しても仕方がないので、リスクを考慮しつつ両端を排除する。これを信頼水準と呼ぶ。「過去の統計上95%の信頼水準で健康に被害は出ない」というような言い方をするけだ。これが「確率は0でない」の正体だ。

大竹まことのラジオで、ウルリヒ・ベックが朝日新聞に書いたというエッセー(インタビューかもしれない)が紹介されていた。どうやら起こる可能性は低いが、いったん起こるととんでもない事態を引き起こす事象にあたると言っているようだ。意思決定の際に捨てさるのが「テールリスク」だ。テールリスクとは数学的には正規分布に従うと仮定して、0.03%エラーが起きる可能性をさすのだそうだ

大竹さんは、テールリスクについて肌感覚では分からないようだった。日本人の「安全確実」は100%安心だからだ。が求められる。NHKが目指しているのは「正しい情報を伝えれば、確実に安心安全に行き着くだろう」という地点だったのだと思う。ところがこの件に関しては、正しい情報はなく、確実な安心安全も担保できない。日本人は貴重で豊かな国土を失うという経験をしてはじめてこの「リスクの世界」に踏み込んだといえる。

家庭によって受け入れられるリスクは違うので、一律に提供する給食システムは崩壊するだろう。

そのあとの雰囲気はさらに気まずかった。有働アナウンサーが「さらメシが何の意味か、レギュラーの室井さんだったら分かりますよね」と質問すると室井さんが「サランラップ」と叫んだのだ。NHKでは商標は使ってはいけないとされる。人ごとながら背筋が凍った。

社会の不確実性が増すと、誰でも不安になる。やがてこれは行動につながるだろう。

俳優の山本太郎さんがドラマのキャストを外されたということでTwitterが盛り上がっている。20msvを撤回させようという運動に発展するかも知れない。彼が政治家ではないところが求心力を生んでいるように思える。

日本はいきなりリスクのある世界に放り出されたのだが、日本人はリスクについて理解できない。したがって根本的な解決はできず、怒りは他のところに転移するだろう。

日本ではソーシャルメディアを通したジャスミン革命のようなことは起きないと思っていた。しかし政府や財界のあり方に疑問を持っている人は多い。自分の利害のためには声を上げない彼らが「大義」を見つけたとき、事態は思わぬ方向に向かうのではないか。

こうした運動体を甘く見ない方がいいだろう。