働き方改革を論じたければバラバシを読もう

昨日は「プログラマーとして成功したければ海外に出るべきだ」と書いた。賛成してもらえたかどうかは全くわからないが読んで頂いた人は多かったようだ、なんとなく「ああそうだな」と思った人もいるだろうし、反発した人もいるかもしれない。日本はもうだめだと思っている人は「やっぱり日本はダメなんだ」と考えてなんとなく安心感を感じたかもしれない。

観測としてはただしそうだが、少しだけ理論的に考えてみたい。理論が話からければ批判もできないし、対応策も見つけられないからだ。

収穫加速という理論がある。発明はさまざまな基礎技術に基づいて成立するのだが、基礎技術が充実すればするほど、あるアイディアが現実化する時期は早まるという理屈だ。こうしたことが起こるのは、知識がネットワーク状に連携しているからだ。

このように、ネットワークの価値は点の数と点の結びつき(線)の数によって決まる。やみくもに広がっているネットワークには、実は中心と周縁があり、中心にいたほうがなにかと有利になる。

例えば、ITの場合は日本語で得られる知識は英語で得られる知識よりは少ないはずだ。ここで重要なのは、その有利さはプログラムの価値だけに止まらないということだ。効率的なプログラミングができる人がいると企業の生産性が向上する。企業は有利に競争できるのだから、英語で情報が取れる会社のほうが勝ち残る確率が高まる。良い顧客が残ると、プログラミングの会社はさらに良い顧客に恵まれることになる。するとプログラマの給与が高くなり、さらによいエンジニアが集まる。よいエンジニアが集まるとその周りには学校が作られ、よい先生が集まり、収入アップを目指す生徒が押し寄せるという具合である。

こうした「中心と周縁」の形は日本人が考えるものとは違っているかもしれない。日本人は中心と周縁をピラミッド状に捉えることが多いのではないだろうか。例えば自動車産業は顧客網を持っている大手メーカーがトップに立ち、その裾野に多くの部品産業が集積するという形をとっている。また、広告代理店はテレビ局の枠を買っているので、他社よりも安い値段で広告を売ることができるし、テレビ局も顧客を握っている広告代理店を頼らざるを得ない。

ピラミッド型の場合、知識は頂上に蓄積されてあまり流通しない。例えばマクドナルドやコカコーラの収益の秘密は本社が握っていて、周縁の人たちの賃金はあまり高くない。

しかし、プログラマの場合そうはいかない。知識はネットワークのそのものに溜まっている。具体的にはプログラマ個人とそのつながりである。その「すべり」をよくするためには、粒をそろえておく必要がある。つまり最低賃金でプログラマを使い倒すようなことはできない仕組みになっている。

日本では「最低賃金を1500円にしろ」という運動はあるが、技能労働ができるような職場やフリーランスの環境を用意しろというような運動は行われない。それは労働者自身が自分たちが最低賃金で働くだけの技能しかなく、それ以外の職業機会もないということを認めていることになる。だれもが中心になれるわけではないので、当然ながら数としては、周縁の人たちが目立つことになる。

一方で政府の側も政策的に最低賃金の仕事を量産している。アベノミクスを労働の側面からみると正規雇用を非正規に置き換えて行くという動きなのだが。これはバブル期以降の企業のマインドがそうなっているからだ。収益が見込めないので人件費を削るしかないと考えているのである。これが足元の労働市場を荒らしている。イオングループはアベノミクスは幻想だったと言い切り、自社ブランド製品を値下げするそうである。収益の悪化は従業員の賃金に影響を与えるはずだ。

官僚や政治家の情報源は、旧来型の製造業と運輸や小売などのサービス業なので、知識ネットワークが競争力の源泉になるような職業を念頭においていないのだろう。

今まで見たことがない現象を理解するためには、表面の制度(例えば高度技能移民を増やすとか、最低賃金をあげるというような類だ)を見るだけではだめで、その裏に何があるのかを理解する必要がある。

とても難しそうに見える「ネットワーク」の振る舞いだが、2008年ごろに「複雑系」として話題になった。中心にいるのは、ダンカン・ワッツやバラバシなどである。ちょうど、労働の国際間移動が経済を活性化すると言われていた頃である。

なんとなく話だけきいても良く分からない複雑系やネットワークの議論だが、基本的な考え方が分かりやすく解説されている。

「各国では移民の制限が始まっているではないか」という声が聞かれそうだが、高度技能移民を使って産業競争力をあげた国々と、そうでない日本では状況が全く異なる。いわば周回遅れを走っているわけで、同じ土俵で議論することはできないのではないだろうか。

このネットワーク理論は例えば「なぜベータはVHSに負けたのか」という考察にも使える。クリステンセンなどが「バリューネットワーク(リンク先はITメディア)」という理論を使って説明している。これも応用編だけ読むと「なんとなくそういうものかなあ」というだけで終わってしまうので、理論的なところを読んでおくといろいろな考察に使えるのではないだろうか。

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