なぜ日本人はインフルエンザの予防にマスクが必要だと信じているのか

面白い質問を見つけた。なぜ日本人はあんなにマスクをするのだろうかというのだ。海外ではマスクは病気を連想させるので嫌われることがあるのだが、日本では多用されている。中には特に理由もないのに外出するときはマスクと決めている人もいるのではないだろうか。




この議論が面白いなと思ったのは「あるコンテクストでは証明が難しいもの」でもコンテクストを変えればまた違った視点が発見できるということである。

日本でインフルエンザの予防にマスクはあまり効果がないということを納得してもらうのはとても難しい。インフルエンザが流行っている時に、まだかかっていない人に「マスクなんかしても意味がない」と言っても笑われるだろう。中には、人格をかけて「マスクはインフルエンザの予防に効果がある」などと主張する人もいる。今まで、インフルエンザ予防にマスクが効果的だと信じておりマスクを着用していたので、人格を否定されたような気分になってしまうのだろう。こういう状態をマスクにコミットしているということができる。

だが、海外ではインフルエンザ予防にマスクが効果的だなどという話は聞かない。冷静に考えてみると、ウィルスの方が木綿などの折り目よりも小さいのだから効果がないことを科学的に説明するのはそれほど難しくはないだろう。

そもそも、インフルエンザにマスクという思い込みがあるのはどうしてなのだろうか。実はこれは政府の宣伝によるものなのだ。1922年の内務省衛生局のポスターをみると「マスクをかけぬ命知らず」と書かれている。当時スペイン風邪が流行しており、政府はなんとかして予防を国民に訴える必要があった。50万人近くが亡くなったという推計もある。だが、当時、スペイン風邪がどうして起きるのかということはよくわかっていなかった。インフルエンザがウィルスによるものだとはっきり特定されたのは1933年のことなのだそうだ。

本来、マスクは飛沫感染を防ぐためのものなので、すでにインフルエンザにかかった側に必要な対策だ。しかし「他人に風邪をうつさないようにマスクをしましょう」などと言っても不心得な人はマスクなど買わないだろう。そもそもマスク自体があまり知られておらず、そんなものをわざわざ買う人はいなかったはずである。そこで内務省は「マスクでインフルエンザが防げますよ」というような言い方をしてマスクを普及させようとしたものと考えられる。

結局のところこの作戦はあたり、人々は「自己防衛のために」マスクをつけるようになった。その後もインフルエンザが流行するたびにマスクが売れるようなったわけだ。マスクで穢れを防ぐことができるというような日本人の根元にある思想にアピールしてしまったのかもしれない。

いったん思い込みが生じてしまうと、マスクはいろいろな使われ方をするようになる。世間には汚いものが飛び交っているはずで、マスクさせしていればそうした不愉快なものから身を守ることができるという通念が生まれたのだろう。もともと科学的に広まったわけではないので、科学的に説得することはできない。かとって、信じて実行している人にはコミットメントが生まれるわけだし、「なんとなく不安な時に何か対策をしたい」と考えている人にとってマスクはお守りのような役割も持っている。

マスクがインフルエンザの予防に有効だと信じている人たちの中で、一人だけ「それは科学的ではない」と言っていると、そのうちに、なんとかしてそれを証明しなければならないような気分になってくる。だが、実は思い込みと戦っているだけなので、科学的なことをいくら並べ立てて説得しても無駄である。徒労感を感じて「どうでもいいや」と考えることになるのがオチだろう。

実はこういうメンタリティに陥ることは意外と多い。政府が「砂川判決があるから集団的自衛権は合憲である」などと言い張ったり「テロを防ぐための国際条約に加盟するためには国民の内心に踏み込んだ犯罪捜査をする必要がある」などと主張すると、なんとなくそれを証明しなければならない気になることがある。そもそもの説明が論理的でないのだから、反論のしようもないわけだが、なんとなく反論しなければならない気分になってしまうのだ。

が、外国人にそれを説明するとなると、なぜそんな思い込みが生じたのかを説明すればよいだけで、取り立てて相手のめちゃくちゃな議論に乗る必要はなくなる。同じように、外国人に日本でマスクが流行している理由を説明する際には、マスクがインフルエンザの予防に有効かというようなことはしなくてもよいし、実際にそんなことをしても笑われるだけである。つまり、違う文脈の人に説明するつもりで接すれば、それが絶対に証明しなければならないことなのか、それともそうではないのかということがよくわかるのではないだろうか。

つまり、何が正しいのかよくわからなくなったら文脈を変えてみるのも重要であると言える。だから、できるだけ多くの文脈を持ち、デタラメな理論を並べ立てる人は相手にしない方がよい。

全く余談ではあるが、1920年当時内務省衛生局はインフルエンザの予防にはうがいも重要であると宣伝した。そのため今でもインフルエンザの予防にうがいが有効だと信じている人が多い。そのためイソジンなどを使ったりするのだが、アメリカではイソジンでうがいをするという文化がないので「うがいをする」というと笑われたりする。ちなみに日本政府も風邪の予防には効果があるものの、インフルエンザにうがいは効果がないと明言している。

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