石原慎太郎と保守老人という害

豊洲移転問題の大体の構図が見えてきた。

石原慎太郎は築地市場問題には興味がなかった。しかしながら、東京ガスは有毒で民間が買い取りそうにない土地を都に押し付けたいという希望を持っており、それに政治家が関与した。

東京ガスはいいわけばかりの土地再生処理を行ったのち都に土地を押し付けた。ところが実際に土地を見たところ、当初の予算ではとても処理ができそうにない。そもそも処理できるなら民間が買い取っていただろう。

そこで石原は技術官僚と現場に「なんとかするように」と言い含めた。これを指示だと受け取った現場側は土を使わない節約方法を提案した。しかし、表向きはすべてきれいな土を使うということになっているため議会には説明しなかった。だが、技術文書や契約書には、盛り土はしないということになっており、責任者はそれを了承した。

議会に説明しなかったのはこれをまともなルートで議題に挙げると承認したのは議会だということになってしまうからだ。現場側としては技術的文書に印鑑は押されている。だから承認は受けたと言える。そして、責任者は細かいことはわからないと言うことができる。

ここでいう「老害」とは何だろか。それは、責任を取るべき役席にありながら「知らなかった」で済まされると思っているところだ。石原に至っては「私は騙された」と言っている。役席の特権は享受しながら、実際の責任は取らなくて良いと本気で信じているわけだ。本来なら知らないことを承認することなど恐ろしくてできないはずなのだが、それを考えたりはしない。石原は「都知事とは言われればハンコは押す存在だ」という趣旨のことを言っている。最初から政治的プレゼンスのために都知事という役職を利用したのであって、その責任を果たすつもりはなかったのだ。

有毒の土地を買い取っていて「なんとかしろ、ただし予算はない」と言っている。つまり、判断の責任を取らず、解決策を提示もせず、単に利益だけを貪ろうとしている。もし「知らなかった、できなかった」というなら、すべての報酬を返還すべきだろう。移転中止で莫大な損害を被る市場側は歴代の都知事を訴えるべきである。

どうやら現場は問題を認識していたようだ。盛り土をしても有害物質が上がってくるかもしれないし、液状化して地盤が使い物にならなくなるかもしれない。そこで土地の一部に空洞を作って調査できるようにしていたようである。

よく保守を名乗る人たちは、日本には長い歴史があるので日本人であることは誇るべきだが、個人としての日本人には価値はないなどということを言っている。しかし、実際には私たちが豊かな文化を持っているのは、単に天皇陛下が毎日先祖に祈りを捧げているからだけではない。例えば、毎日危険を覚悟で漁に出かけ、一生をかけて魚の良し悪しを学ぶ仲卸が朝早くから魚を仕入れているからである。つまり、毎日の積み重ねが、私たちの伝統を支えている。

集団無責任体制が悪いとは一概には言えない。それはある意味「優しさ」である。だが、その「優しさ」の結果、築地の伝統が破壊されかけた。それは近代東京が育んできた魚食文化が根底から破壊される可能性を含んでいた。すでに「新市場の土地は汚染されている」という風評が英語で発信されており、東京への寿司ツーリズムは被害を受けるかもしれない。つまり<保守老人>に熱狂した人たちは、日本の伝統を潰しかけたのだ。

真の保守はどうしたらこのような毎日の暮らしを守って行けるかということを真剣に考えるべき人たちなのではないだろうか。なぜこのようなことが起きたのかを真剣に考えるべきだろう。

翻って石原は、自分の差別意識に根ざして尖閣諸島の件で中国を挑発して事態を悪化させるくらいの<愛国心>しか見せなかった。その一方で、暮らしや民族の伝統を守るということについては、何の見識もなかったのである。

一見無関係に見えるプロジェクト管理能力のなさと<保守的発言>なのだが、実際のところは通底するものがあるのかもしれない。現場に対する理解がないからこそ、無責任で放埓な<保守>発言ができるわけだ。

ここで「私こそ真の愛国者だ」と叫びたくなるのだが、それは控えておいたほうがよいのかもしれない。誰でも自分の地域や国を誇りたいという気持ちは持っているものだ。しかし、それを支えているのはなんということのない日々の繰り返しであって、声高に何かを叫んで、誰かを罵倒しても、それが明日を作ることはない。

ユニクロのチノパンと色落ち

昨年の11月に「さすがにズボンぐらいは新品じゃなきゃまずいだろ」と思ってユニクロでチノパンを買った。2,900円だった。それが半年くらい経ってこんな感じになった。半年間毎日履いていたせいもあるのかもしれないが、洗濯を繰り返すたびに色が落ちていった。




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ジーンズの色が落ちるのはなんとなく「味」と認識されるのだと思うのだがチノパンは色があせると単に汚いだけだ。おしゃれさんと呼ばれたいわけではないが、最低限こぎれいな格好をした方がよいことはわかる。ということで、「新品を買えば安心」というわけではないということが分かった。

こういう経験をすると、なんとなく「中古ショップでも良いのかな」という気持ちになる。丈詰めしていないユニクロやH&Mのパンツが500円以下で取引されていることがあるのだ。なぜか履きつぶした感じもない。


この記事を書いたのが2016年なのだがその後新古品のようなものは少なくともユニクロではあまり見られなくなった。はっきりしたことはわからないが、成績のために売り上げを競わせることはなくなったのではないかと思う。もっとも、ウールマークがついたようなものは未だに出回っている。


もしかして新品を流している人がいるのではないかなあとすら思える。誰がわざわざそんなことをするかはわからないが、もしかしたらお店のスタッフや店長さんが売り上げを増すために流しているのかもしれないなあなどと疑った。

プレミアムコットンのTシャツとウールマークの付いたユニクロのセーターをそれぞれ280円で購入できた。天然素材の価格が値上がりしているので、ユニクロからはウールマークがついた商品は消えかけている。天然素材にこだわると中古ショップに行った方がよいというような状態なのである。

下手に安いボトムを買うと色褪せが怖いということを学んだんので、DIESELのパンツを2本買った。あまり流行に左右されないストレートなジーンズなら色落ちしても構わないし、味にもなるからだ。かつては中古品でも高価なものとみなされていたDIESELだが1500円+税という価格で手に入ったりする。

かつてはユニクロを着ていると恥ずかしいという認識があり、その後ユニクロでも構わないということになった。しかし、時代はさらに進んでいて中古ショップの方が良いものが手に入るという時代になりつつあるようである。これがアパレル産業について良いこととは思えない。

アパレル産業の現場の人が現状をどう捉えているのかということを知りたいと思った。

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書くことは癒しなのか凶器なのか

先日来、書くということについて幾つかの記事を読んだり情報に接したりした。一つ目の記事はタイトルだけだが「日本人はレールを外れるとブロガーくらいしか希望がなくなる」というもの。次はヘイト発言を繰り返す池田信夫氏のツイートや、透析患者は自己責任だから死んでしまえという長谷川豊氏などの自称識者たちの暴力的な発言だ。

これらを考え合わせると、これからの日本では、経済的自由を得るためには他人を貶めたり権利を奪ったりしなければならないという結論が得られる。

確かに、他人を傷つける記事には人気がある。タイトルだけでも他人を攻撃するようなものをつけるとページビューが数倍違うことがある。しかも、検索エンジン経由閲覧している人が多い。そのような用語で<情報>を探し回っている人が多いということになる。ニュースサイトをクリックするわけではなく、わざわざ探しているのだ。それだけストレスが多いのだろう。

一方で別の書く作業も目にした。乳がんで闘病中の小林麻央さんが自身のブログを開設したのだ。病状はあまりおもわしくないようで、本人もそのことを知っている。これは、小林さんががん患者であるということを受け入れたということを意味しているのだろう。日常生活が中断されて茫然自失の時間があり、ようやく現状を受け入れようとしているのだ。書くことがセラピーになっているということもあると思うのだが、再び「書き出す」ということが重要なのだろう。人間には誰にでも回復しようとする力が備わっている。そうやすやすと「完璧な絶望」の中に沈むことはできない。

二つの「書く」という作業にはどのような違いがあるのだろうか。

第一に、池田さんや長谷川さんの意識は外に向いている。一方で内側には不調は起こりえないという暗黙の前提がある。池田さんは自らが「純血の」日本人だという意識があり、その外側にいる人たちを攻撃している。また、長谷川さんは自らは節制していて、絶対に糖尿病にはかからず、従って透析の世話にはならないと考えている。こうしたことを考えているうちは自らの中にある不調を考えなくても済む。

テレビは常にネタを探している。ネタは、オリンピック選手などの活躍をもてはやすか、他人を貶めることしかない。職業的に書いている人たちはこのうち貶めるべき他人を探すかかりというわけだ。うまく盛り上がったネタ(平たく言えばいじめなのだが)があれば製作会社が仕入れてテレビに売り込む。

他人の不幸をネタにすればいくらでも稼げそうだが、実際には自分の信用度を担保にしている。なんらかの問題解決に役立てば何倍にもなって帰ってくるかもしれないが、逆に自分の信頼を失うこともある。そのうち「騒ぎを作ろうとしているのだな」と考えられるようになれば、その人はテレビ局から見ればもう用済みだ。

もともと識者たちは専門分野から解決策を提示したり、多様な意見を出してコミュニティに資することがその役割のはずだ。皮肉なことに今回挙げた二人はどちらもテレビの出身だ。テレビ局には報道が問題解決などできるはずはないという強い信念ががあるのだろう。また、自分たちはいい給料をもらいながら、他人の不幸を取り上げても、決して自分たちの元には不調は訪れないし、あの人たちは自己責任なのだという間違った確信があるのかもしれない。

一方、小林さんは自らに向き合わざるをえない時間があり、その結果を書いている。つまり、その意識は内側に向いている。どうにもならないという焦燥感がある一方で、それでも生きていて、子供を愛おしいとかごはんがおいしいと思ったり、「また情報発信したい」と思えるということを学んだにちがいない。どうしようもない絶望があったとしても、人は少しづつ回復するし、何もしないで生きてゆくということはできないものなのだ。生活の自由度が狭まっても書くことはできるわけで、書きたいというのは、新しく歩み始めるための最初の一歩になり得るのである。

「書く」ということは、毒にもなれば、薬にもなる。正しく使えば癒しを得られるし、見知らぬ他人の助けになるかもしれない。一方で、自分の評判を削りながら陥れる他人を探し続けるという人生もあり得る。

日本人にインターネットは向いていないかも……

先日来、LookbookとWEARを比べている。いくつか違いがある。WEARはファッションサイトなので服を中心に組み立てられている。一瞬当たり前のように感じられるのだが、Lookbookをみるとそうでもないことが分かる。Lookbookは「私をどう演出するか」という点に力点が置かれていて、服はその要素の一つだ。とはいえ服がおろそかになることはなく、ポイントになる要素(例えば靴など)は強調されている。これを実現するためには、自分を素材だとみなして客観視しなければならない。だが、訓練なしでは難しい。

一番の違いは顔の処理だ。WEARには未だに目を隠している人が多い。中にはうつむいていたり、サングラスで目を隠す人もいる。中には手を口に当てて口だけ隠している人たちがいた。彼らは洋服を見せたいのであって、顔を晒したくない。体は隠さなくて良いのかと思うのだが、そこにはコンプレックスはないようだ。つまり、個人として特定されたくないのだろう。

その一方で、顔を晒すとどんな不都合があるのかは、実はよくわかっていないのではないだろうか。

特定されたくないとはいえ、無視されるのも嫌なようだ。その証拠に顔を隠しても「いいねをお願いします」というような記述がある。個人を特定されて嫌なフィードバックを貰うのはいやだが、承認だけはしてほしいということになるだろう。

pdca承認を得るためには試行錯誤をして失敗を減らすしかない。このために古くから用いられるのがPDCAサイクルだ。デミング博士らが提唱し、日本には製造業を中心に広まった。日本版ではAはActになっているが、英語版ではAdjustという説もあるそうだ。

悪い評判を聞かないとこのサイクルが回せない。

一方で、フィードバックする側にも問題がある。改善を求めるわけではなく、批判が人格の全否定になることが一般化している。

距離が掴めない関係で、ネガティブな意見をいう技術がないのだ。他人のフィードバックがない分だけ、自分の意見や価値観が絶対的だと思ってしまうのだろう。つまり、この関係は受信者と発信者に共通の問題のように思える。

注目が得られない人は、ある程度来たところで発信をやめてしまうと思うのだが、成功してしまっった場合にも別の問題が起こる。ある時点でネガティブなフィードバックに接するとどうしてよいのかがわからなくなる。そこで相手をブロックするということが起こるのではないだろうか。

そもそも、情報発信をするとネガティブなフィードバックがあるいう仮定は間違っている。情報発信をしている人は多いので、わざわざ好んでネガティブなフィードバックを送ってくる人は多くない。それほど気にすることはないのではないかと思える。

ファッションデザイナーになるには

ファッションデザイナーの世界 – 構想から実現までを読んだ。構想のまとめ方から組み立て方など 、つまりどうやったらデザイナーになれるかが書いてある。市場で何が流行っているかをキャッチするのは重要なのだが、時には、大胆な提案も求められる。コンセプトは「デザイナーが提案する」のだが、ゼロから全てのコンセプトを作り上げるわけではない。

まずデザイナーはインスピレーションのもとになる素材を集める。例えばある民族の衣装(日本の着物だったり、マサイ族の衣装かもしれない)や特定の時代を背景にした映画などがインスピレーションの元になる。ミューズといって「この人にこういう衣装を着せたら似合うだろうなあ」というのもインスピレーションの元になるそうだ。これらを集めて来て、要素に分解する。その要素をまとめてイメージボードを作る。

次にコンセプトとテーマを決める。コンセプトは「繭」(どうやら形状というよりも「包み込む」という抽象概念のようだ)だったり「宇宙」だったりする。構造的な「プリーツ」もコンセプトの例に挙っている。コンセプトと同時により具体的な「テーマ」を決める。本には「特定の神話世界」「時代背景」のようなものが挙っていた。

コンセプトやテーマを決めると、服のアウトラインが決まる。フランス式は曲線的なアウトラインなのだが、アメリカと日本は幾何学的なシェイプ(AとかXとか)を使うのだそうだ。さらにカラーパレット(一連の色の組み合わせ)を決めたら、土台になる作業は完成だ。

さらに、このトーンを象徴するキーイメージを作成し、ブックを形成する。もちろんフォントにも意味はあるし(GaramondとHelveticaは歴史が違う)ロゴなどもトーンを決定することになる。
ここまでがだいたいコンセプトの作り方だ。誰でもファッションデザイナーになれそうだが、ここに落とし穴がある。デザイナーがシェイプを決めるとき、布がどう動くか、色はどう見えるかなどを知っていなければならない。つまり、デザイナーはコンセプトメーカーであるだけではなく、職人でもあるべきなのだ。実際には縫製をまったく経験したことがないデザイナーというのも存在するようだが、布の動きについては熟達しているはずだ。

つまり、コンセプトメーカーとしてのデザイナーは、服という特殊知識と、今の市場が何を求めていて、過去にどんなスタイルがあったかという一般的な知識を併せ持っている必要があるということになる。

広告業界にも似たような考え方があるようだ。J.W.トンプソンの副社長を務めていた人が書いたアイデアのつくり方という短い本は資料を「一般」と「特殊」に分けている。対象クライアント、顧客、製品などについて考察するのは大切だ。これが「特殊資料」になる。しかし、「一般常識」や「考察対象に関係がない」資料も同時に必要だ。デザイナーは専門の知識だけでなく、一般的な常識も必要なのだ。

それを裏付けるように『ファッションデザイナーの世界 – 構想から実現まで』には、わざわざ映画のリストが載っている。テーマのもとになるのだが、映画は直接ファッションに関係がないから一般資料になるのだろう。

フランス人がブック作りにこだわるのは、分業体制が前提になっているからだそうだ。彼らはコンセプトだけを作り、これを世界各地にある縫製部隊に回す。実際に製品を作り上げるのは世界各地にある実行部隊で、デザイナーの最終承認を経て、コレクションが完成する。グローバル化した世界が前提になっている。

つまり、デザイナーは、専門知識、一般常識だけでなく、国際的なプロジェクトマネジメントの知識までが要求されるのである。

わざわざ水害の多い地域に住むのはなぜなのか

台風が来るたびに川が決壊したというニュースが流れ「水があふれて想定外たった」というような話になる。最近では線状降水帯という聞きなれない気象用語が一般化した。このため気象災害が起こると「想定外だった」という話になり、そんなところに住んでいる人が悪いという論が出てくる。




しかし、調べてみると川が決壊するのは決して偶然ではないことが分かる。むしろ、日本人はもともと洪水が起こるような土地に好んで住んできた。川の決壊が驚きを持って語られるのは日本人がどこから来たのかを忘れかけているからなのだろう。政治議論をするにしても避難経路を確かめるにせよ、自分が住んでいる地域の川がどのような来歴でできているのかを知るのはとても重要なことである。

また、堤防の議論は日本人は氾濫原に好んで住んでいるという事実を踏まえる必要がある。ダムや堤防を高くすれば普段の洪水は防げるようになるだろう。一見良いことのようだが、数年に一度ものすごい雨が降ると今度は逆に被害を大きくすることがわかる。防いでいた水が一気に流れ下るからだ。2018年の水害ではダムが被害を大きくした。朝日新聞には次のように伝える一節がある。

西予市は3~4キロ上流の野村ダムの放水量が一気に増加したことが原因の一つとみている。野村ダムは7日午前6時すぎ、放水量を1時間前の4倍以上に増やした。ダムを管理する国土交通省四国地方整備局野村ダム管理所によると、上流河川が未明に氾濫危険水位に達し、ダムも満杯になって貯水能力を超える恐れがあったためという。

担当者は「今回はダム周辺に長時間、雨が降り続いた特異なケース。こんな状況での大量放水は想定していなかった。やむを得ない措置だった」と説明する。

ダム管理所は放水の1時間前、サイレンや市内アナウンスでダム放水に伴う河川水位の情報を流し、西予市防災行政無線で避難指示を呼びかけたという。愛媛県の中村時広知事は「本当に難しい判断だと思う。マネジメントを間違えると逆に決壊ということにもつながる」と述べた。

観光名所の京都・嵐山を流れる桂川では6日夜に水位が急上昇し、氾濫(はんらん)した水が道路に流れ込んだ。近畿地方整備局によると、上流の日吉ダムで貯水能力を超える恐れが生じ、6日夕に毎秒約900トンの放流を始めたためという。

NHKを見て「水害対策がなされていない」と騒ぐのは構わないと思う。だが、単に騒ぐだけではなく雨が落ち着いたら地域を実際に歩いてみてどこに何があるのか調べてみるべきだと思う。さらに時間があるのなら地域の図書館に出かけて治水の歴史について見てもよいのではないだろうか。

例えば2018年に被害の出た岡山県倉敷市真備町の小田川にはかつて東西両ルートがあったとも西側ルートだけだったとも言われているようだ。山から下った川は井原で谷筋とぶつかる。もともと山陽道が福山から倉敷に抜けているルートである。小田川はこの筋に従って福山側に抜けていたという話があるそうだ。今では東側に流れており高梁川に接続している。人工的に流路が変えられた形跡のある小田川には天井川になっている地点があり、これが今回の被害につながった。終点が高梁川なので、高梁川に大量の水が流れると流れがせき止められたような状態になる。改めて地形をみるとそのことがよくわかるのだが、言われてみないと気がつかないという人の方が多いのではないだろうか。

今昔マップなどを見ると古い地図を調べることができる。

僕が住んでいる地域は関東ローム層という火山灰が降り積もった台地になっている。近くには貝塚が点在している地域もあるので、もともと台地と深い入り江が入り混じった地域だったようだ。

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白く塗ったところが川筋に当たる。火山灰の柔らかいところを小さな川が削ったのだろう。

集落は真っ平らなところにはない。谷そばの高台に古い集落がありそこから谷底の田んぼに通っていたようである。

その奥には水害に無縁の大地もあるのだが、ここは旧来全く利用されてこなかった。古くは藩の訓練施設になっていたようでその後軍隊が使うようになった。軍の訓練施設は隣の市からさらに隣の市まで広がっており、隣の市は軍都と呼ばれており、今でも多くの史跡がある。だが軍事施設になるまで空いていたということはつまり利用価値がなかったということである。

戦後になって周囲の事情は一変する。原野にあった軍用地は大幅に縮減されて開拓団が作られた。開拓団は水の便が悪い地域を切り開いたのだが田んぼが作れなかったので畑になったようだ。川がないと栄養分も蓄積しない。肥料を外から入れない限り農業には向かない土地なのだが、今でも畑が広がっている。ところどころに開拓記念碑があり戦後の苦労がしのばれる。

今でも雨が降ると低い土地には雨が溜まる。ところが日本は土地の価値を米で計ってきたため氾濫地を抱えた土地の方が実は価値が高いのだ。ただ住宅に適さないことも知っていて住居は高台に構えていた。

今でも水浸しになる地点には「源弁天」という小さな祠がある。この水源が潰れないようにという工夫だろうか「よくお乳が出る」というような伝説まで与えられている。弁天は水が湧き出るところによくある地名で源町という町も水源地を意味するのだろう。

日本人は古くから氾濫原や水源地とうまく付き合って生きてきた。これがわからなくなったのは高度経済成長期だ。農家が田圃を売りはらい住宅開発をしたので新規住民は土地の成り立ちを知らない。

それを取りまとめていた人たちが市議会議員になった。谷が埋められることはなかったが、谷筋を無視して直線的な道路が引かれ、高低差は分かりにくくなっている。この近くにも「〜台」という地名がついた。だが実際には谷である。それでも水だけはやはり制御できず、大雨が降ると水浸しになってしまう地域がある。よく地域で問題になるがうまい解決策はないようだ。そういう土地に家は建てられないので自治会館が立っている。避難場所にもなるが地元の人は決してそこには避難しないだろう。そもそも源弁天が海に流れる流路にあたり、その道にはいまでも地下河川が通っているからである。

それでも住むには適さない地域が残った。そういう場所は市に買い取らせて、モノレールの基地や公園を整備した。そのように「うまく市政を使う」のが地元の政治家の腕の見せどころだったそうである。このように、水利は今でも政治に大きな影響を与えている。

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ファッション雑誌はいらない – オンラインの現状

先日、ファッション雑誌には足りないものがあり、ネットには新しい可能性があるだろうと書いた。まあ、理屈としてはわかるのだが、実際を調べてみた。

「私をまとめる」という機能はないが、スタイルごとに情報をまとめるくらいはできるようになっている。多分、スマホ世代で「雑誌でしかファッション情報を取らない」という人がいれば、かなりの情報弱者だろう。ファッション雑誌が、読者モデルのスター化を進めたり、中高年を相手にしなければならない事情がよく分かる。ファッション情報の提供という意味ではすでに遅れた存在なのだ。

WEAR : 参考になる人を見つける

zozost
ZOZO Townのメールマガジンにショップスタッフのコーディネートが出ている。身長や体重の記述があるので、似ている属性のスタッフさえ探せれば参考になるかもしれない。実際にはWEARのシステムを使っているようだ。

スタイルはタグ付けされており、気に入ったスタイルを探すこともできる。ちなみに大人カジュアルを検索するとこんな感じになる。ショップ現場の情報なので雑誌編集者のバイアスが入っておらず、生の声に近いと言えるかもしれない。一方でデザイナーが新しいスタイルを提案したいと考えても、現場が納得しなければ導入は難しいだろう。ファッションは却って保守化しそうだ。

各コーディネートはアイテムに結びついているので、どのような着方がされているのかを勉強することもできる。性質上、購入前情報の提供が主眼になっているが、購買後の研究にも使える。

プロのモデルとの一番の違いはポーズのバリエーションが少ないことなのだが、洋服とはあまり関係がない。

Lookbook

lookbookこのWEARの元になっていると思われるものがLookbookだ。こちらは消費主体の発信になっているのだが、長く続けている人はポートフォリオをまとめたい写真家などのようだ。

Lookbookはポートフォリオ形式だ。見せたいのはその人らしさであって洋服ではない。WEARには目に線が入った人がいるのだが(日本人は目が特定されると魂が抜かれると考えているのかもしれない)Lookbookにはそれは見られない。

日本人の参加者もいるのだが、活動はあまり活発ではないようだ。

Lookbook : スタイルを探す

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Lookbookはしばらく見ないうちにかなり進化していた。中でも面白そうなのが「Explore」機能だ。どのような仕組みで選ばれているかはわからないが、トレンドになったタグやタイトルが集められている。このため、スタイルやトレンドに合わせて服を選ぶことができる。例えば「Yogaをやりに行くときにはどういう格好がよいのか」ということが探せる

日本のサイトはどうしても「服を売りたい」という視点で作られるのだが、Lookbookは自分を表現するということがテーマだ。だから、服はそのための道具の扱いである。

日本人がどうしてLookbookのようなサイトが作れないのかという仮説はいくつかある。一つ目の仮説は専門性のサイロ化が進みやすいという供給側の事情だ。次の仮説は同調傾向が強く「私らしさ」を打ち出すよりは「みんなと同じものを着て安心したい」という傾向が強いからかもしれない。二番目の仮説を取ると「売れ筋」のような企画に人気が集まり、私らしさを打ち出す企画には人気がないことが予想される。

プロはどう発想をまとめてゆくのか

ファッションデザインは西洋の考え方がデファクトスタンダードになっている。『ファッションデザイナーの世界』を読むと、どのようにコレクションを作るのかがよく分かる。概念の説明ではなく具体的な資料が多いので、グラフィックデザインを扱いた人は一度は目を通しておくべきかもしれない。

デザイナーはコレクションを作る前にテーマを決める。そのテーマを想起する写真素材を集めてボードを作る。そして、その世界観を実現できる素材を探して、最終的にスタイルを決めてゆく。

ファッションデザイナーを扱ったテレビドラマなどで天才デザイナーがいきなり着想を得てサラサラと白い紙にペンを走らせるようなシーンが出てくるが、何の準備もなしに着想できる人などいないのだ。

仮にいたとしてもその人は現在のデザインシーンでは活躍できないだろう。ファッションの世界は分業化が進んでいて、着想したものをインドや中国のスタッフに伝えなければならない。日本人はクリエイティブを演奏家のように考える傾向があるが、実際にはオーケストラの指揮者に近い。

pinterest以前にも紹介した通りコレクションボードを作って共有するのはとても簡単になっている。ピンタレストというサービスがあり、ネットにある写真をピン留めして整理してくれるのだ。新しい素材を発見するのも簡単で、機械が自動的にお勧めを教えてくれる。ビジュアルデザインを扱う人で知らない人はいないと思うのだが、トレンドを扱う事務方の人の中には知らない人もいるかもしれない。

このボードは「昭和の懐かしいもの」というタイトルをつけた。面白半分のコレクションだが、こうしたコレクションであっても招来何かの役に立つかもしれない。役に立たないとしても眺めているだけで楽しい。

まとめ

ファッションデザインだけでなく、雑誌は情報整理の最先端ではなくなりつつある。キーになりそうな要素はいくつかある。

  • より多くの人が提供できる。(集合知)
  • 集合知が定型化されていて、タグ付けができる。
  • タグ付けされた(データが情報になった)ものを、個人が整理できる(マイページ)
  • データが評価される。(フィードバック)
  • 評価に基づいてデータが自動的に収集される。

ネットは相互学習のプロセスなのだということがよく分かる。この相互学習のことをインターラクティブと呼んでいるのだ。