豊洲移転問題 – 山本一郎氏に反論する

山本さんが新しいコラムを執筆された様子です。詳しくはこちら。要約すると「専門家委員も政治家も報告書を読んでなかったのに今更騒ぐの?」という話。それはその通りですね。

で、以下は「魚市場は単なる流通拠点だからさっさと移転すれば」という話に関する考察です。


築地市場の豊洲移転問題に新しい進展があった。山本一郎氏が「潰れかけている店が騒いでいるだけなのだからさっさと豊洲に移転すべきだ」と言っている。

確かに山本氏の言い分は正しいと思う。築地の問題は実は大規模流通業者と中小仲卸の対立になっている。中小業者は移転で発生する設備の更新に対応できない。家賃も実質的な値上げになる。加えて築地のコマ数は限られているので、新規参入も難しいし、加入権が高値で売買されたりする。だから中小は移転に反対(ないしは積極的に推進したくない)立場なのだ。

では、すぐさま豊洲に移転しても構わないかと言われればそれもまた違うように思える。東京の職人気質の食文化は中小業者が支えている。この生態系は十分に調査されておらず、中小業者がどのような役割を持っているかがよくわからない。大量消費を前提にしていないので、数年後には東京から美味しい寿司屋が消えていたということもありえる。

もし東京が数年後の「おもてなし」を重要視するなら、築地の移転を取りやめて、どうしたら東京の食文化を守ることができるかを調査すべきだ。大規模業者は移転すればよいと思うが、中小の一部は築地に残るべきかもしれない。実は同じ魚市場でも機能が異なっている。

つまり、反論は「東京は世界有数の食のみやこであり、築地は観光資源だ」という点に論拠がある。すでに産業論ではなく、観光や伝統工芸をどう保護するかという問題だということだ。だから、その前提に対する反論はあるだろう。

まず、寿司屋は大量消費を前提するように変わりつつあるかもしれない。小さい子供にとって寿司屋といえば回転寿司を意味する。大量に魚を買い付けて全国で均一的に提供するというシステムだ。もし、これを是とするなら築地は必要がないし、細かな客のニーズに応える中小の仲卸も必要はない。設備投資にお金をかけられないなら淘汰されてもやむをえないだろう。

次に地方にも独特の魚文化がある。しかし、高級魚は都市の方が高く売れるので、東京に流れてしまう。例えば房総半島で獲れた魚の多くは地元を素通りして築地に流れている。仮に築地に伝統的な仲卸がいなくなれば、寿司ツーリズムのようなものが生まれるかもしれない。やはり地元で食べた方が美味しいからだ。福岡や仙台のような拠点では築地のような問題は起こっていないのだから、おいしい寿司はやはり福岡でというのも手だろう。福岡の人は佐賀の呼子までイカを食べにゆくこともあるし、塩釜にはおいしい寿司屋がたくさんある。地方ではこれが本来の姿だ。

一方、実は地方の魚流通や消費が未整備で東京に依存している可能性もある。だから、地方で高級魚を獲っていた漁師や伊勢志摩の海女さんがが壊滅するということもありえなくはない。実際どうなのかは誰にもわからない。

最近「日本は素晴らしい」というテレビ番組が横行している。確かに魚食文化は日本の優れた伝統なのだが、いつまでも続く保証はない。足元では「魚離れ」が進んでおり寿司さえ全国チェーンに押されている。そんななかで伝統を守るという視点を持つ人が少ないのは誠に残念だ。

実は築地の問題は保守の論客が論ずべき問題なのかもしれない。その意味ではガス会社から土地を買ってあとは役人と民間に丸投げするような知事は保守とはいえない。自称保守という人たちは軍隊を持ったり、天皇についてあれこれ言及したり、他人の人権を制限するのは好きだが、足元の暮らしを守ろうという気概は感じられない。そんなものはほっておいても存続すると思っているのかもしれないが、そういうものの中にこそ伝統というものは存在するのではないだろうか。

豊洲新市場問題

オリンピックのメダルラッシュで世間が沸き立つ中、Twitterのタイムラインは豊洲新市場の問題でにぎわっている。一般的に盛り上がっているというよりは、それで盛り上がっている人をフォローしているので、とても盛り上がっているように見えるのだ。

だが、なぜこんなに反発されているのかというのがよくわからなかったので調べてみた。いくつかの要素があるようだ。第一の要素は、石原都知事と東京ガスの問題だ。簡単に例えると、イヌの寝床があった場所にお父さん(台所は使わない)が台所を作ろうとして家族が猛反発しているようなことになる。次の要素は、旧来型の流通と近代的な流通の対立だ。魚市場というと同じような物に思えるのだが、実際には伝統芸能とアイドルを使ったコンサートくらい違っている。

最初の問題から片付けよう。もともと豊洲には東京ガスの工場があった。東京ガスは、撤退するにあたり土地を高く買い取ってほしいと都に働きかける。そこで、石原都知事が「築地が古くなっているから、あの土地に市場を建てよう」と決めた。当初民主党中心の議会は反対するが、結局予算は執行される。東京ガスは土地を無毒化せずに土地を都に売抜けた疑いがあるということで裁判が進行しているようだ。工場では発がん性のあるベンゼンが出ており、周囲の地下水や土地は汚染されていると考えられているようだ。

冒頭のたとえの「イヌの寝床」も消毒してしまえば無毒になるのだが、日本人としてはどうしても「気持ち悪い」と考えるだろう。文化的に「穢れ」という概念を持っているからである。食べ物を扱う場所としてふさわしくないと考える人は多いはずだ。

石原都知事は東京ガスの土地を引き受けた時点で目的を達成したようで、後のことには関心を持たなかった。そのあとはリーダーシップのない現場にまかされ、案の定混乱を来した。

しかし、問題はそれだけに収まらなかった。築地には零細な流通業者が多い。新しい設備投資ができず引っ越しの費用も捻出できない。しかし、彼らは「目利き」であって、東京の食文化の大きな支え手になっている。すしは日本の魂と言える。つまり、築地市場は「伝統文化」になっているのだ。

例えて言えば、歌舞伎座を取り壊して東京ドームに移転しろというような話なのだ。東京ドームのほうが集客力は高いので、そこでアイドルのコンサートをやったほうが儲かる。だが、東京ドームでは歌舞伎はできないだろう。

建築の専門家の発信した情報を見ていると、どうやら「流通倉庫」として設計されているようである。漁船からトラックへの積み降ろし点という位置づけなのだろう。しかし、伝統的には市場の中で魚の解体などが行われていたようだ。このような作業は手間がかかるので、大手はやりたがらないのだろう。

そこで、伝統的な人たちが新しくできた建物に対していろいろと文句をつけ始めた。大手は移転ができる上に中小が淘汰されるので賛成派に回る。施設自体は広くなるし交通も便利なのだろう。両者はまっぷたつに分かれて対立しているようである。

市場の近代化という意味では、中小は淘汰されるべきなのではないかとも思われるのだが、築地はすでに観光資源になっている。これを代替しようとして東京都は「千客万来」という施設を作ろうとした。開発に名乗りを上げたのが、ダイワハウスとすしざんまいだ。しかし両者とも撤退してしまった。近所にある大江戸温泉物語という施設があり、東京都は施設の継続を決めてしまったからだという。ハフィントンポストに記事がある。

東京都は予算をかけずに民間企業に開発をやらせようとした。しかし、民間企業側は「独占じゃなきゃ嫌だ」と言い、両者の話し合いはまとまらなかったようである。築地の場外市場は自然発生的にできた味わいがあるのだが、人工的に作られた施設には観光の面での利点はない。そもそも流通倉庫なのだから観光資源になりようがない。例えば、築地の脇にイオンモールがあったとしても「他のイオンモールより新鮮だ」などとは誰も思わないだろう。

ということで豊洲移転問題をまとめると次のようになる。プロジェクトの目的は有毒物質でいっぱいの土地を都に高く買い取らせるというものだったが、これはすでに達成された。石原都知事は国政に逃げ出してしまったので、責任を取る人は誰もいない。かろうじて「箱を作る」というプロジェクトは完成したのだが、その中にどのようなコンテンツを入れてどう育てて行くかということについてはまるで関心を持たなかった。目的を失ったプロジェクトは迷走をはじめ、移転を前に大騒ぎが始まろうとしているのである。

東京は世界でもまれな食文化の豊かな都市だ。これほど、本格的に世界各地の料理を楽しむことができる都市はない。また、寿司は世界によく知られた日本オリジナルの食べ物だ。東京都は「海外から観光客を呼び込みたい」などと言っているのだが、実際には自分たちだけが持っている伝統には無頓着だということが分かる。

築地の問題を解決するのは簡単だ。大手の流通業者を豊洲に流し、中小の伝統的な業者を築地に残せば良いのだ。