説明責任と言い訳の違い – 誰のための感染拡大防止呼びかけ?

今日のテーマは説明責任と言い訳の違いである。前回まで「日本人は論理的な思考ができない」というテーマで書いているので、今回も「今これを読んでいるあなたもどうせ説明責任を果たせない」という前提で読んでいただきたい。

NHKで感染拡大防止の呼びかけをやっていた。尾身会長ら専門家の「いつもの仲間で過ごしてくれ」という発信受けてのことだ。NHKは「流石にこれはわかりにくい」と思ったのだろう。具体的な基準を出して「毎日会う人はいつもの仲間であるが、週に一度会う人はいつもの仲間ではない」となどと言っていた。だが「これが正しく伝わることはないだろうな」と感じた。代わりにこれは言い訳の材料として用いられるようになるはずだ。

では「言い訳」とは何だろうか。

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心情的に政治を語ることしかできない日本人

SNSで政治議論を見ることが増えたのだが問題が解決するのを見たことがない。これまで「これはなぜだろうか」と漠然と考えてきたのだがある日「正解がわかった」と感じた。最初に書いてしまうと日本人はSNSで政治議論はしないほうがいいと思う。単に時間の無駄だからである。

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神輿論

前回まで、白河院政から江戸時代が成立するまでの間の歴史を「周縁とタンデム」というキーワードで見てきた。日本の権力構造を評価する時に「これはいいことなのか悪いことなのか」ということが見たいのだ。例えば「安倍前総理が公職選挙法で逮捕されないのはいいことなのか」という分析にこれを使いたい。

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周縁論とタンデム構造

明智光秀を扱った大河ドラマ「麒麟がくる」が山場にきている。これを見ていて周縁について考えた。中心部がうまくゆかなくなると周辺から別の勢力が出てきてそれを代替するという構造があるようだ。さらに中心部にも二重構造がありシステムが安定的に動作している。

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