蓮舫氏いじめとルッキズム

蓮舫氏の国籍問題が面白い展開を見せている。蓮舫氏を叩いているのは放送局出身の自称経済学者だ。いっていることはそれなりに筋が通っているが誰も相手にしてくれないので、仲間内で盛り上がっている。自分の意に沿わない意見をぶつける他人をブロックし、名誉毀損で訴訟合戦に勤しんでいるようだ。

なぜ、誰も相手にしないかといえば、この人が不細工な老人だからだろう。醜い男が権力を振りかざして女性の気を引こうとしているように見えてしまうのだ。

この人をテレビで見ることはない。多分本人は「テレビは自分のことを正しく理解しない」と考えて出演を辞退しているのだと思うのだが、実際には見た目で選ばれている可能性が高い。身長が高かったり、声が低かったり、見た目が外人っぽかったりしたほうが信頼性があると評価される。

見た目が良い人は性格も歪まない。そればかりか能力が高目に評価されるので自己評価も高くなる。一方、見た目が悪い人は卑屈になりがちで性格も歪んでしまう。

執拗な攻撃をよく見ていると「民進党の代表にならなかったら見逃してやる」というメッセージと「法治国家だからダメなものはダメ」というメッセージが混乱気味に含まれている。これが「気を引けないんだったら潰れてしまえ」という屈折した愛情に見えてしまう。この屈折に加えて、騒ぎを起こしてあわよくばテレビでも取り上げてもらいたいという野心が重なり腐臭を放って見えるのだろう。

実際に蓮舫氏はその見た目が自民党の脅威になるかもしれない。これはキャスター出身の小池百合子都知事と自民党のドンの内田氏の<対立>に似ている。こちらも<守旧派>の自民党が小池氏をいじめているように見えたことで、小池氏の人気が加速した。「化粧が濃い」と頑迷な老人に揶揄されている小池氏を見て、自分が受けたセクハラと重ね合わせた人は多かったのではないだろうか。

与党勢力が潰しにかかるのは蓮舫氏の政策ではなく見た目とテレビ慣れした言動のせいではないかとさえ考えられる。有権者は「はつらつとして爽やかな」人の側につきたいと考えてしまう。民主党は野田首相で決定的に人気が凋落したのだが、野田氏は下膨れで不健康そうな顔をしていた。これが不服そうにみえてしまうのだ。現在の岡田氏も面白みにかける。実はルックスが民主党を不人気な政党にしているのだ。

党首はポスターを通じて国会議員から地方議員にまで影響を与える。無名の地方議員でも蓮舫氏の写真が入ったポスターなら「安心して」投票してもらえるだろう。

こうした外見差別はあらゆる国で見られる。身長が高かったりきれいだったりするとそれだけ収入が高くマネージメントポジションにつきやすいという傾向もあるようだ。一方でオタクっぽい人は花型部署にはまわしてもらえないし、評価もされない。

一方で揺り戻しも大きい。ルッキズムで選ばれた感のあるオバマ大統領はたいした成果をあげることができなかった。その間にも中流階級は崩壊を続け、結果的に現在のトランプ氏の台頭につながった。理想が裏切られたと感じた時、人はそれを根底から破壊したいと考えてしまうのだろう。

また、見た目の良い人は下積みをする必要がないので、組織の機微には疎く嫉妬もされている。こうした人が問題解決に介入することで却って事態が悪化することがある。

政党が見た目で看板を選んで失敗した例もある。社会党は庶民的な女性の土井たか子氏を表看板にしたが、裏で取り仕切っていた人は別だったらしい。そのために改革ができず、後の崩壊につながった。

見た目で人を選ぶのにはメリットもあるがデメリットもあるのだ。

維新の党はやはり戦略的思考がない

維新の党の馬場さんという方が「政治家の二重国籍を排除する法律」を提出すると息巻いている。蓮舫氏の話題に乗っかろうとしたのだろう。やはり戦略的思考に欠けるなと思った。まあ、政権を取ることはないので、どうでもいいといえばどうでもいい話なのだが。

さて、王貞治氏の戸籍は中華民国らしいが、ホームランの世界記録を持っており、国民栄誉賞まで受賞した。だが、日本人は「ホームランの世界記録は日本人が持っている」と言いたがる。決して「台湾は偉大な国だ」とは言わない。もっとも父親は浙江省の人なので台湾とは関係がないし、母親は日本人のいわゆるハーフだ。

またノーベル賞受賞者を数えるとき南部陽一郎氏をカウントすることがある。帰化の理由は不明だが頭脳流出の一例だ。

アルベルト・フジモリがペルーの大統領になったときも「日系人だ」と言って喜んだ。後に二重国籍者だったことが「判明」するわけだが、誰もそれを非難しなかった。政治家の二重国籍はだめとは大騒ぎにならなかった。

この3例からわかるのは、日本人は成果を挙げた日本語ができる同じ顔の人を同胞だと思いたがるということだ。忠誠心などということはあまり気にしないのである。嘘はいけないというが、力動山は現役時代に朝鮮籍であることは公表しなかった。みんな日本のヒーローだと思いたかったからである。結局、何をやったかで評価がコロコロと変わるのだ。

もっともよい言い方をすれば、日本人にとっては定見を持たず周りの意見によって言動を変えるのが唯一の戦略なのだろう。

政治家は別だという声があるかもしれない。忠誠心が担保できないという声もあるだろう。しかし、個人的には安倍首相の日本国民への忠誠心はかなり怪しいと思っている。アメリカに魂を売るような行動を取ったかと思えば、今度は危うげにロシアに接近したりする。その度に「この人、次は何をしでかすのだろうか」とハラハラする。

蓮舫氏が非難されるのは、はっきりものをいう女性だからだ。女性におとなしく傅いいてほしい年配の男性はこうい女性が嫌いなのである。ただそれをいうと「女性差別だ」といって嫌われるので、このような屈折した形をとる。

民進党の党首選挙は日本の政治は行き詰まりを象徴している。ワクワクするような新しいアイディアが出ず、単にマニフェストの否定が行われているだけだからだ。こういう場合にはできるだけ多くのアイディアを集める方がよいわけだ。二重国籍を容認して華僑の図太さを取り入れたらよいと思うし、場合によってはアメリカ人の経済学者を顧問として採用すればよいだろう。それくらいのことができないと、日本の政治はますます閉塞感を強めるだろう。

 民進党の行き着いた先

日曜討論で民進党の党首候補3人が討論をやっていた。乱暴に要約すると3人の違いは次のようになる。

  • 蓮舫さん:行革により予算を増やして人に投資する
  • 前原さん:国民にお願いして負担してもらう。
  • 玉木さん:借金して子供に投資する。

実は議論されないことが重要なようだ。つまり3人とも、暗にもう日本は成長しないと言っている。だから延命のための投資はできても、人に投資する余力はない。それをどうファイナンスするかということが問題だということになる。

普段の日曜討論はどうしても政党同士のコンペになってしまうのでこういうことは言わない。しかし、今回は議論の必要がないので普段当然だと考えていることが表出してしまったのだろう。前提について議論した形跡はないので、普段から民進党の人たちは「もう成長はしない」ことを当然の前提としておいているのだろう。実際に3年間政権を担った正直な感想なのかもしれない。

別の言い方をするとこの党首選挙はマニフェストからの撤退だ。成長戦略というものがまやかしだったということを認めて、そこから降りてしまったのだ。自民党は高度成長時代の政党だったのだが、民進党は沈みゆく日本に特化しつつあるということになるだろう。先進国には衰退の経験はないので、民進党は新しい局面に向かいつつあるのだ。これはイデオロギー対立を超えている。

当然、民進党に期待する人はいないだろうと思う。安倍政権というのは「もう難しいことは考えなくて良い」というAlt Rightな政権なのだが、そちらの方が人気が出るのは当たり前のことだろう。今より経済が悪くなれば次に出てくるのは弱者の排斥と外国人に対する攻撃だ。

しかしながら民進党はもはや政権政党ではないので、権力を維持するために国民に甘い夢を見せ続ける必要はない。そこで出てきたのが「これから国は衰退してゆくわけだが、さてどうしまか」という3人だったことになる。蓮舫さんは気がついていないようだが、これを明るく提示しているのが蓮舫さんなのだ。「なんとかミクス」が古いのは当たり前だ。それは高度経済成長期の考え方だからである。

多分、日本の政権選択は次の二択になるのだろう。一つは衰退を無視しつつ限られた財源を独り占めし、弱者の困窮をなかったことにするという「自己責任型」の社会で、もう一つが国全体で貧しくなってゆくAll for All社会なのだ。