TPPと植民地化

国会でTPPに関する議論が始まった。とはいえ数で結果が決まっているので消化試合というかできレースというか儀式のような議論が続いている。議論には数種類あり延々と繰り返されている。

  • TPPは自由貿易を活性化させて域内の経済成長を促すだろう。安部万歳!
  • 農業補助金を利権とし取り込みたい。恒久財源化したい。
  • 安部政権はアメリカに屈服した。
  • 交渉過程が黒塗りなので安部は何か隠している。そのほかの通商交渉でアメリカに屈服したのだろう。
  • 環境問題のほうが先だから、TPP議論は先送りしたい。どうせアメリカは議会審議が始められないので時間稼ぎができる。

その中で異彩を放っていたのが小泉進次郎議員の議論だ。「自分は農業を知らない」という前提で入り、農家の声を聞いた結果「消費者が把握できている農家は農業に不安を持っていない」ということを知る。生産者と諸費者の間に立っているのがJAなのだが、これが機能不全を起こしているという分析に至る。

小泉議員が特殊なのは「自分たちが変わらなければならない」というメッセージを発出しているからなのだが、これがあって始めて与野党ともに「自分たちは変わる必要がない」と考えているということがわかる。

小泉議員はきわめて危険だ。この人だけが「変革」を前提としているので、賛同者が集まれば変革のエンジンになれるのだが、同時に日本の政治家が基本的に現状認識も行っていないし、何かを成し遂げようという意欲もないということが露見してしまう。これを防ぐためには小泉議員を抹殺するしかないということになる。

特に安部首相の無能さが際立った。答弁を聞くと小泉氏の言っていることがよくわかっていないのだろうと思う。答えになっていなかった。しかも「がんばって欲しい」といい、変革の方針を容認してしまった。

これは自民党がどのように崩壊するかということを暗示している。問題は相互に関連しているのだが、これを法案ごとに分けて考えているようだ。これを統合すると問題が起こるはずなのだが、実際にはすべて「容認」されているので最終的に収集が付かなくなるはずである。

この人は上の空でいつも何かほかのことを考えているのだろう。例えばTPPの意味もよくわかっていないのではないかと考えられる。確かにTPPは経済成長を促すかもしれないのだが、それを評価するためには経済成長とは何かということを考える必要がある。

NHKスペシャルによれば経済成長とは、非経済圏の「経済化」である。この非経済圏を「フロンティア」と呼んでいる。前半のあらましは、フロンティアが消失して、バーチャルにフロンティアを求めたというものだった。しかしリーマンショック以降バーチャルのフロンティアが消滅した。

TPPは域内の非経済分野を経済化することでフロンティアを再創出しようとしている。非経済分野とは、医療・福祉・介護、農業、公共事業などだ。つまり、フロンティアとしての外国がなくなってしまったので、自国の中にある「非経済圏」を経済化しようという意図があるのだ。

ここまで説明しないと「TPPは自国を植民地化しようとしている」というステートメントが大げさなものに見えてしまう。先進国は軍事的に外国を占領することが「経済化」だった。これがなくなったので、国の中にあるフロンティアを搾り出そうというのが、TPPなのである。

これだけでは「ふーん別にいいんじゃないの」と思えるのだが、例えば介護の経済化とは「お金のない人は勝手に死んでね」ということになるわけだし、食品添加物は死者が出るか深刻な病気が露見するまでは放置されることになる。民主主義国家では非経済圏はなんらかの理由があって設定されているはずなので、これを取り除くことで国民は必要な保護が受けられなくなる。

アメリカでTPP反対運動が起こったのは、すでに多国籍企業対市民という図式が露出しているためだと考えられる。クリントン候補は「アメリカの労働者とその家族ための高いスタンダードを確保する」という言い方で修正を図ったのだが、「外国から仕事を奪ってきますよ」という意味合いになっている。多国籍企業の利益を確保しつつ(流出したメールから企業との関係は露見している)アメリカ人を負け組みにしないためには他国から仕事を奪ってこなければならない。

つまり、TPPはすでに失敗している。旧来の自由貿易理論では関税障壁を取り除けば、流量が増えて経済発展するということになっている。しかし、経済発展するのは企業だけであってそれが再び国民の間に還流してくることはない。それがわかっているからこそ「大企業ではなく日本が為替操作しているからだなどと」と言い換えることによって敵を作っている。これは間接的にどこかから富を収奪しなければ、吸い取られるだけに終わってしまうことを示唆している。

日本では企業によって収奪されるであろう富を国庫で負担するというのが議論の争点になっている。これは富を補填する対象が外国ではなく国民貯蓄に変わっているだけのことである。

この議論では「植民地化」とか「収奪」といった色の付いた用語が多く使われている。実際には富がどこからどこへ移転するかということを説明するのに色をつけているだけだい。こうした用語に抵抗があるのなら(多分共産党や左翼運動が嫌いな人たちだろうが)単に収支(=お金の流れ)として認識するのがよいのかもしれない。

すると問題は国民(=有権者=消費者)から企業(=供給者)へお金が流れ、それが金融空間に留まっていることが問題だということがわかるだろう。供給者から消費者にお金を再還流させる方法には賃金と税がある。金融による富の製造には人件費がかからないのだから、最後の砦は課税ということになる。多国籍企業に富が流れると政府が課税することができなくなる。これをTPPはそれを加速させているので、結果的にTPPは域内を植民地化するための道具だということになるのだ。

ここからわかるのは、自由主義経済がどこかおかしくなっているということなのだが、いったい何がおかしくなっているのだろう。自由主義経済で中所得者が困窮しないのは、彼らが消費者としての側面を持っているからだ。しかし、金融市場では彼らは顧客ではないので「どうなろうが知ったことではない」ということになる。

金融は自分で栄養を作り出せない寄生植物のような位置づけだ。葉緑素を持っている植物を実体経済だとすると、その栄養を吸っているキノコのようなものである。キノコばかりが育てば木は朽ち果ててしまう。するとキノコも育てなくなってしまうのである。

TPPは不平等条約

山崎雅弘という識者が「TPPは帝国主義時代の不平等条約に似ている」と呟いているのを見た。合意の内容の正文が英語なので、チェックするためには全部翻訳すべきだろうと主張しているが、この主張は間違っている。

この主張が間違っている理由は簡単だ。これは不平等条約に似ているのではなく、不平等条約だからだ。確かに、英文を翻訳すれば現在の内容はわかるだろう。しかし、合意内容にはあまり意味がないかもしれない。意味があるのは運用だ。ルールを決める人ではなく、解釈して運用する人が経済を支配するのだ。裁判も英語で行われるのではないだろうか。

数の上でも英語圏が勝っている。アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、カナダが参加している。これにシンガポールが加わる。

とはいえ、これが「日本に対して不平等」とはならない。英語ができる日本人が、英語ができない日本人を支配することになるだろう。日本にいる外資系企業と同じだ。新自由主義的には「英語も能力のうち」ということになるのだろう。

この事があまり問題にならないのは、日本人が多文化圏での経験を余り持っていないからではないかと思われる。公用言語ができないことで、経済活動から学術まで排除されかねないという経験をしたことがないのだろう。多数決や民主主義というのはとてもフェアに聞こえるが、言語的に排除された人からみるととても不平等な制度なのだ。

特に現在意思決定の頂点にいる人たちは言語の大切さというものを理解していないものと思われる。

官僚は自分たちの子供には英語を学ばせつつ、英語話者の代理人としてこの国を取り仕切れるだろうと考えているのかもしれない。大元が曖昧であればあるほど解釈できる裁量は大きくなるからだ。一方、ドメスティックな環境に慣れきった自民党の政治家たちは指導者の地位から滑り落ちてしまうかもしれない。経済的な重要政策を東京で決められなくなってしまう。

だから自民党の議員たちは「農業で補助金を」と要求する前に「日本語で交渉しろ」と言うべきだった。そこまで長期的なことは考えられなくなっているのかもしれない。

不思議なのは、右派の人たちが反対しなかったことだ。普段は「日本精神の大切さ」を唱っているのだから、こうした国際交渉ができる場では、しっかりと日本語を公用語として認めさせる運動をするべきだった。だが、右派の親玉と見なされる安倍首相がTPPを推進しているので、反対に回れなかったのだろう。

いずれにせよ、右派の人たちが「日本の伝統云々」という主張は割り引いて考えた方がよさそうだ。彼らは権威に乗って威張ったり、半島系の人をバカにしたいだけで、日本の伝統がどうなっても知った事ではないのではないかと思われる。

いずれにせよ「日本語にしてくれないと、どこがヤバいのかチェックできない」という主張は間違っている。運用が始まればどっちみち意思決定から排除されるのだ。文字が読めないのに「証文には金返せって書いてありますよ」と言われたら従わざるを得ないのと同じだ。裁判になっても言葉が分からなければ泣き寝入りするしかない。

だから反対するなら「不平等条約みたいだ」というのではなく「不平等条約だ」と言い切った方がいい。

なお、蛇足だが、アメリカはスペイン系移民に浸食されつつある。連邦レベルでは英語は公用語ではないので、いつのまにか「日本人もスペイン語を勉強しなければ出世できない」という時代が来るのかもしれない。TPPのスペイン語国にはメキシコ、ペルー、チリがある。

TPPと英語

国会でTPPに関する審議が始まった。とはいえ、1日しかやらないそうである。多分、指摘が上がる前に議論が終るとは思うのだが、無駄足覚悟で書いておく。

安倍首相は「TPPでルールが明確になる」と言っている。これは確かなことかもしれない。しかし、それが日本人に不利になる可能性については考えていないようだ。仲裁はどうやらアメリカで行われるらしい。ということは、英語で行われるのだろう。合意内容もニュージーランド政府が発表した。多分、すべて英語だったのではないかと思う。TPP参加国のうち、英語国はアメリカ・カナダ・オーストラリア・ニュージーランドの4か国だ。シンガポールを加えると5カ国が英語国ということになる。

多分「透明なルールは英語で作られる」のだ。日本語しか分からない人はルール作りに参加できないし、何が行われているかも分からない。しかし、プロセスは完全に透明化されている(ただし英語で)わけだから、決まった後で文句を言っても「聞いていなかったお前が悪い」ということになる。不平不満も言えない。日本語で言っても伝わらないからだ。英語圏の人たちが納得できなければ「なぜだ」としつこく聞かれるだろう。それにも英語で答えなければならない。それを怠ると「フェアでない」と言われる。暗黙で「分かってもらえる」ということはあり得ない。

ルールを作ったり、調整する側に回れないということは、その人は「搾取(あるいは使役される)側」に回るということだ。日本の大企業の役員のほとんどの地位は大きく凋落するだろう。日本人のTOEICやTOEFLの成績から見ると、ほとんどの日本人にとっては割の悪い話だが、勉強しなかった人が悪い、自己責任だということになってしまう。

英語ができない親の家庭の子供は英語を話せないだろう。逆に英語が話せる親の子供は早くから幼児教育を受けるだろう。幼児教育にはお金がかかるから、格差は拡大するに違いない。港区とか渋谷区に住んでいれば、インターナショナル教育へのアクセスもありそうだが、地方はどうだろうか。期待できるのは沖縄くらいではないだろうか。

皮肉なのは、これを押し進めようとしているのは「日本の伝統こそが主権を持っている」という所謂「国体信仰」の人たちだということだ。日本の民族性がどこに由来するかは分からないが、日本語はその大きな構成要素であると考えられる。彼ら主流派が物事を決められるのは、意思決定が霞ヶ関と永田町に集中し、それが日本語でなされているからである。

TPPが発効すると、経済的な政策はすべて別のところ(多分、アメリカのどこかだろう)で英語で決められることになる。自分たちの利権を守ろうとして日本語で保護的な政策を打てば訴えられることになる。裁判は多分英語で戦うことになるのだろう。

こうした一連のことを考え合わせると、自民党とそれを支持する人たちの地位が凋落することは間違いがない。その意味で安倍首相は「歴史的な」首相になるのかもしれない。

多分、交渉をした人たちは「言語的に排除される恐ろしさ」というものを知らないのだろう。留学経験のある役人(多分英語が話せる)は実感として分かっているかもしれないが、言語的に単一な社会に住んでいる日本語話者の政治家はマイノリティとしての経験がないのだろう。せめて、EUのように公式言語を決めておくべきだったが「後の祭り」だ。

国の伝統や民族の誇りを重要視しているはずの「右寄り」自民党の人たちは、単に支持者にすり寄りたいだけなのかもしれない。本当に民族性を自覚していれば、日本語や他国語の地位について無関心でいられるはずはないからだ。自民党にも「右翼」といえるような過激な主張をする政治家がいるが、彼らも情けない。彼らが蔑視して蔑んでいる「左翼」は攻撃できるくせに、自分のボスには逆らえない。中国や韓国には大いばりだが、「世界の一等国」アメリカと最先端言語の英語には劣等感を持っているのかもしれない。