多様性の排除に加担するNHK

NHKがひどい洗脳報道を流していた。編集段階で多様な検証がなされなかったことを示唆しておりきわめて危険である。ニュースは次のように展開した。

  1. 上司の「とりあえずこれやっといて」が分からない人がいる。
  2. これはコミュニケーションの問題だ。
  3. そうした人にはASDと呼ばれる「障害」が多い
  4. 発見するためには機械にかけると良い。まだ開発途上だが……
  5. 障害だと認定されたら特殊支援学級に入る。他の才能があるかもしれないけど、効率的な教育には耐えられないので仕方がないのだ。

これを読んでも「なんだ当たり前じゃないか」と思う人がいるかもしれない。とても危険だ。既に洗脳が相当程度進んでいると言ってよい。

第一に「とりあえず、これやっといて」と漠然とした指示を出す上司はマネージャー不適格だ。指示は明確であるべきである。これは上司が無能であるという描写でしかない。NHKにはそういう上司が多いのかもしれないが。

次にこれを即座に障害に結びつけることには問題がある。事例の中には会話の意味が読み取れない重度のASDの人が出てくるのだが「漠然とした上司の指示が分からない」こととコミュニケーション上の障害(グラデーションがあり一続きなのかもしれないが)には大きな隔たりがある。イントロとしては不適切である。

さらに「障害があれば機械で発見して取り除け」というのは、工場で製品を製造する時に使う考え方であって、人の育て方に当てはめるのには問題がある。これに何の疑問も持たないということは、後発工業国型のマインドセットにどっぷりと浸っていることを意味する。

また、効率的な(大勢の生徒を一人の教師で見るというような意味だろう)教育になじまない人は「とりあえず」特殊学級にという姿勢にも問題がある。多分、普通教育の方を見直すべきだろうが、それには予算が必要になりそうだ。もしくは特殊学級で才能を発見したら、それを伸ばせるようにすべきだろうが「とりあえず社会の片隅で生きてゆけるようにする」という姿勢には問題がある。

ここまでで十分グロテスクだ。本当に誰もこの報道方針に疑問を抱かなかかったのだろうか。NHKは多分「右から左に業務を流すこと」をジャーナリズムだと考えているのだろうということは伝わってくる。

この話の一番の問題は多様性の排除だろう。漠然とした空気が読めない人は「障害がある」として排除される。話の中に該当者が数字に興味を持つ子供が出てくる。母親としては「この特性をうまくいかせないか」と考えるのだが、医者は「普通学級にはなじまない」としてしまう。この子に数学の才能があるかどうかは分からないのだが、試してみる価値はある。実際に、資産のある家であれば、充実した教育を受けさせることもできたかもしれない。つまり「何が優秀か」ということは一つの尺度では図れないはずで、多様な価値観があってはじめて才能が生きることになる。

しかし教育費がかけられなくなると、こうした多様性に配慮ができなくなるわけだ。つまり、NHKは多様性を排除し、この国をよりいっそう退屈でつまらない国にするのに加担していることになる。

記者としては「かわいそうな両親や空気を読めずに苦しんでいる人を助けたい」とよかれと思って報道しているのかもしれないのだが、視聴者はこの姿勢を大いに非難すべきだろう。

 

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