国力の衰退と外国人に対する不寛容

アメリカにある銀行口座を閉めることになった。留学から帰国するときに閉めようと思っていたのだが「なぜ閉めるんだ」と聞かれて放置しておいた口座だった。その時は外国人でも口座が維持できるなんてオープンでいい国だなと思った。9.11前のアメリカはまだ寛容な大国だった。

しかし、それも終わりを迎えたようだ。その経緯はかなり乱暴なものだった。

最初はe-bankingがなくなるというお知らせが来た。e-bankingはインターネットだけで利用するアカウントで支店で銀行員と話をしただけでチャージされてしまう。あまりよいサービスとは言えないが、これをなくして1,500ドル以上の預金がないと毎月12ドルをチャージする口座に再編成するという。

アメリカの銀行は金融危機以降手数料商売になっている。そこで給与の出し入れをする口座かある程度の預金残高がある口座でないと、維持管理手数料を取るというところが多い。e-bankingはその例外だった。

どうしようかと思っていたところ今度は「お前はどこに住んでいるのか」という質問をされ、おかしいなと思っていたら12月の初頭に「photo IDを持って支店に行け」という。 来年の1月3日までに持ってこないと口座を閉めるということである。猶予は一ヶ月しかない。支店はアメリカにしかないので、つまり海外にいる人を追い出そうとしているのである。しかもコールセンターの人はそれを知らず、専用のコンプライアンスセンターで処理するという。日本のお役所仕事もひどいが、アメリカのセクショナリズムもそれ以上にひどい。オペレータは会社に雇われているだけなので企業の評判を全く気にしない。

そのあと、手紙でも同じ通知がきたのだが「photo IDを持参しろ(郵送は不可)」と書いている裏に「指定がない限りは郵送しても良い」と書いてある。つまりアカウントによって違う文面を印刷していて、アカウントを選別しているということになる。投資の手数料などが支払われている儲かりそうなアカウントを逃すわけには行かないのでそのようにしているのだろう。

ずいぶんひどい話だが、あまり驚かなかった。2008年の金融危機のあと手数料なしの口座が整理されたという話を知っていたからである。もともと小切手社会なので銀行口座を持てないというのは生活ができなくなるほどのインパクトがあるのだが、それでも「口座にお金がない人は銀行口座を持たなくても結構だ」となり困っている人が少なからずいるのである。中には持たない選択をしている人もいるらしい。

しかし、その裏には「企業のモラルの低下」以外の事情もありそうだ。外国人に対しての規制が強化されているのではないかと思う。運用実態のない口座は資金洗浄に利用されやすいが、いちいちチェックするのは面倒なので一括で潰してしまうことにしたのではないかと思う。

アメリカの安全が脅かされると、いろいろな法律を作ってチェックを行うことになる。そのコストは全て企業にしわ寄せされるわけだから、企業は消費者に添加しているのではないだろうか。金融機関だけでなく、例えば航空会社などもチェックが厳しくなっているのかもしれない。

そもそも、昔はSSIDを持たない学生でも口座を開くことができていたし、SSIDを取得するのもそれほど難しくなかった。規パスポートを見せた覚えがないので身分証明を十分にしていなかったということになるのだが、それでもよかったわけだ。このゆるさは徐々にになくなっており留学生たちを大いに苦しめている。規則が頻繁に変わるので情報が錯綜して、小切手を作れず、したがって家が決められないという人が出ているらしいという話を読んだことがある。

外国人に対して寛容ではなくなってゆくアメリカを見ていると「国の力が衰退したんだなあ」と思える。

かつてアメリカには、多くの学生を惹きつける自由の国という輝かしいイメージがあった。好きできている人が多いのだから、治安に悪影響を与えることもなかったし、生活水準も高く留学生たちは概ね満足していたはずだ。しかし、9.11以降この印象は徐々に崩れてゆく。徐々に安全対策にお金をかけて、外国人を警戒する国になった。

かといってこれを「衰退」と結びつけるには根拠が足りないという人もいるかもしれない。経済的にはまだまだ豊かな国だからだ。しかし、やはりかつてのように「圧倒的にすごい国」というレベルではなくなりつつある。それとはまた別に、アメリカは自国こそが自由と平等を守る規範二なる国であるべきだという理想を失いつつある。

まだソ連などの共産圏があった頃は、自分たちは自由と平等を守る国であるという自負があり、外国人に対しての寛容性が発揮されてきた。また、世界各国の治安を守るためにアメリカが率先してリーダーシップを取るべきだという政策に多くの人が共鳴していた。先日読んだイアン・ブレマーの本によると各種のアンケートでも「自国優先主義」が台頭してきているのだという。

かつては、外国人も日常生活に困らないように銀行口座を作ってもらったり、移民を受け入れたりしていた。アメリカにはベトナム人やイラン人のコミュニティがあるのだが、南ベトナムから逃れてきた人たちやイラン革命から逃れて「自由を求めてきた人たち」を保護していた。もちろん、アメリカが仕掛けた戦争の犠牲者としての側面があるのだが、表向きは「自由を保護する」という理想主義に基づいているのである。

しかしながら、国力が減退するとこうした理想を守る余裕はなくなる。自国内に格差があり、彼らが社会的に成功する見込みはなくなっている。その上不満を持った移民たちを大勢抱えており、治安を悪化させる。

このことからわかることはいくつかある。いつも「日本はひどい国になった」というようなことを書いているが、実際にはひどくなったのは日本だけではないということだ。それぞれの国にはそれぞれの問題があるのだが、一国の事情だけを集中的に見ているとあたかも自分たちの国だけが悪くなったように感じるかもしれない。

かといって日本がアメリカよりましな国だとも言えない。例えば海外からくる技能実習生を奴隷のようにこき使っているのも実は国力の衰退である。アジアで唯一の先進国だった頃にはそれなりの優越感もありアジア圏からくる人たちを大切に扱っていたのではないだろうか。自分たちの国にはそれなりの豊かさがあるということを見せつけたい気持ちもあったかもしれない。しかし、もはやそんなことには構っていられない。労働力が枯渇しつつあり、外国人を騙して連れてくるしかないのである。

多様性に対する不寛容を見るとどうしても人権侵害という視点で分析したくなるのだが、その裏には実は国力の衰退があるのかもしれない。

 

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