貴乃花親方が崩壊させる日本相撲協会

もともと2017年12月に書いた記事なのだが、2018年9月の時点でまた動きがあった。現在進行形の事態を扱っているので内容が書きかわることが予想される。相撲強化のガバナンスの矛盾点を指摘した貴乃花親方は最後までそれを解消することがなく、最終的に相撲協会を離脱する決意をしたようである。このことは結果的に相撲協会を崩壊に向かわせるかもしれないと思う。短く済めば苦しみは少ないだろうが、長引けばそれだけ苦痛は増すのではないか。


当初、ワイドショーがこの事件に執着したのは、これが見世物として視聴率を稼ぐからだろう。視聴者は村落の中の権力闘争を見たがっていた。しかし、マスコミはこの問題の本質については知っていても伝えることができない。インサイダーになりすぎているからである。2018年9月にこの問題が再発したとき、長年貴乃花親方を取材していた横野さんの手は震えていたそうだ。

本質的にはこれは利権をめぐる権力争いである。つまり人間関係は余興として楽しめるが、利権争いが問題の本質であり「相撲協会を本気で怒らせるリスクがある」と感じているのだろう。ワイドショーを見ていると「言わなかったこと」の内容により、彼らがどう行動しているのかがなんとなくわかる。

この二重構造を見ているとワイドショーがとてもエキサイティングな職人芸に見えてくる。2017年の時点では弁護士は、この目的が貴乃花親方の排除だということがわかっているが、なぜ排除されるかを伝えられないために綱渡りのような解説をしていたが、どうやらこれをを楽しんでいるらしい様子がうかがえた。

そこで、貴乃花親方はホイッスルブローアーであり理事選から排除するのは不利益処分だという主張に変わっていた。一方で相撲ジャーナリストと呼ばれるインサイダーたちはこうした法律的な問題には疎く、心理的距離も近いので従って何も言えなくなってしまっている。彼らは単に相撲に詳しいだけなのだが、相撲はもはや誰も見向きもしない退屈な余興にすぎない。

この間を埋めるのが中間的なジャーナリストと呼ばれる人たちだ。「(抜け穴だらけの)相撲協会のガバナンスについて改めて勉強」している人もいれば、昔から法律的なことなどどうでもよいような運営をしてきたじゃないかなどと言いながらニヤニヤと眺めている人もいる。彼らも相撲のインサイダーではないので状況がわかっているのだろう。

もう一つの問題は理事長選挙に対する過剰な期待である。2017年末には、貴乃花親方が理事長になるべきだとか、錣山親方が理事の椅子を狙っているなどと言われていたようだという話が盛んに流されていた。「理事や理事長になれば組織が変えられる」という幻想が素直に信じられているように見えた。その後も貴乃花親方は改革派と呼ばれ続けた。2018年9月にこれが「裏切られた」と感じたのは、貴乃花親方が「もう戦う意思はありません」と表明したからである。改革を期待していた人は勝手に期待して勝手に失望した。別の人はこれで面白い見世物がなくなると感じているのか「これで終わりになるのは納得できませんね」と言っている。

2017年に書いた元記事では「実際には日本の組織にはガバナンスの仕組みなどない」と書いた。あるのは利益分配機能だけであり、組織の損得を計算に入れたプレイヤーたちがその場限りの意思決定をするというのが日本の組織のあり方だからである。つまり、日本人は自分の損得勘定についてのみ合理的に判断できる。そしてこの「自分」というのは必ずしも個人のこととは限らない。これは相撲の世界だけの話ではなく、実は政治の世界でも同じような構造がある。相撲部屋を派閥に相撲協会を自民党に置き換えてみるとわかりやすいのではないかと思われる。

しかし内情はもっとひどかった。親方たちはこんな騒ぎになったのはもとからあった一門制度が「貴乃花親方によって破壊されたからだ」と感じたのかもしれない。理事会で「一門に所属しない親方は排除しようや」ということになったようだ。しかしそれを公式に発表してしまうと面倒なことになりかねない。そこでまずは親方同士で口づてで伝え、相撲記者を通じて貴乃花親方にほのめかしたようである。そして「貴乃花親方が内閣府に告げ口したのは事実無根である」という文章を突きつけた上で「事実無根であった」ということを認めるか、あるいは相撲協会から出て行けと迫った。誰もそれを直接いう人はいない。「一門に受け入れない」ことで排除を図ったのである。つまり「何もいわないけど、わかるだろう?」ということだ。

デイリースポーツによると協会側は2018年9月の時点では圧力を否定している。

貴乃花親方(元横綱)が25日、会見を開き日本相撲協会からの退職を表明したことを受け、同協会を代表して芝田山広報部長(元横綱大乃国)が報道陣の取材に応じた。[中略]「告発状が事実無根であることを認めないと一門には入れない、というわけではありませんし、そういったことを言って貴乃花親方に圧力をかけた事実はありません」と断言した。

さらに、意味不明のことも言っている。

一門に所属しない親方が部屋の運営ができなくなると言われたとも貴乃花親方は発言していたが、「そのような事実も一切ない」とした。ただし、7月の理事会で、全親方が協会内に5つある一門のいずれかに所属するようにすると決定したことは発表した。

全親方が一門に入らなければならないのに、どこも受け入れないとどうなるのだろうということは示されない。つまり、表向きの決定と裏の決定を巧みに使い分けることで、排除を図ったのである。

「利権」というと悪く聞こえるかもしれないが、日本人が集団として理解できるのは利権構造だけである。これが問題になるのは、利権を分配できなくなった時である。つまり、誰かが生存できなくなるほど追い詰められると、人は誰かを「利己主義的だ」といって非難し始める。日本人にとっては利己主義こそが合理性であって、それ以外の主義は存在しえない。親方たちは貴乃花親方が内閣府に告げ口することでこの利権構造が崩されかねないことに腹を立てたのであろう。だがそれは表向きには言えないので、彼らなりの戦略を立てた。とても稚拙ではあるが、それが村流のやり方なのだ。

2017年時点で調べてわかったことは、相撲界は部屋の連合体という側面と日本相撲協会の二重構造になっているという点である。部屋は単独で成立しているのではなく一門という派閥を形成してい流という成り立ちは極めて村落的だ。個人が存在しないように独立した部屋というものはなく、部屋の連合体としての一門が形成されている。派閥は相撲茶屋を通じて升席の販売権という利権を持っている。あり方としてはプロレスにいろいろな団体があり、独自の販売窓口を持ち、いくつかの会場で同じルールとしきたりを使って他流試合を行っているというような構造になっている。

だが、このやり方をそのまま現代に持ってくることはできなかった。そこには最初から国家とのつながりがある。

wikipediaによると当時の摂政の宮であった昭和天皇から賜ったお金でトロフィーを作ったことが相撲協会設立のきっかけになっている。公益性のない相撲に菊の紋章の入ったトロフィーを送るわけには行かないというような話になり、慌てて相撲協会が作られたというわけである。つまり、相撲協会は単なる権威付けのための団体であり、その内情は部屋と一門がとり仕切る興行でしかなかった。

単に天皇杯の受け先としてしか機能していなかった相撲協会だが、1957年に社会党の辻原議員が「相撲協会の公益性には疑問がある」として予算委員会で質問したことで話が複雑化する。質問の狙いは力士の待遇改善だったようだ。つまり左翼主義者が相撲という興行に「手を突っ込んだ」のである。

このため相撲協会は、力士に給料を渡したり、茶屋制度を廃止して升席を解放したりという改革案を作らざるをえなくなった。緩やかな部屋の連合体でしかなかった相撲界が「天皇杯」という権威を持ってしまったために、力士の福利厚生や教育などという近代化にさらされてしまうのである。

この「改革案」に耐えかねた出羽海親方は割腹自殺を図る。国会で追求されたことが恥であったという意見もあれば、出羽海一門が独占していた茶屋制度の崩壊の責任を取ったのではないかという説もあるそうだ。理事長の自殺未遂事件についてまとめてある文章が見つかった。この文章を読む限り出羽海親方は切腹を図ることで相撲茶屋という利権を守ったように見える。

Wikipediaの相撲茶屋の項目を読むと、それぞれの茶屋の割り当ては決まっており、今でも力士関係者が独占しているという。この既得権を守るために部屋の連合体が作っているのが一門であり、急進的な改革が起こらないように睨み合っているのが現在の相撲協会の理事たちである。一門制度を見ると、八角理事長の立ち位置がわかってくる。大きな派閥は出羽海・二所ノ関・時津風であり、これらが三つ巴の主導権争いをすると仲裁が効かなくなってしまうのだろう。そこで、小さな派閥である高砂一門を仲裁役として立てているように見える。日本の緩やかな村落共同体は「中央に空白を置く」ことで相手の干渉を避けて利権を守る。その意味ではこのあり方は極めて日本的である。

しかしながら、相撲協会は「国技」という嘘をついてしまったために、徐々に公益性という毒にさらされてゆく。もし相撲がプロレスのようであったなら、暴行事件は単に刑事事件としてのみ扱われ、それ以上の問題にはならなかったであろうし、貴乃花親方のように「勘違いする」親方も出なかったはずだ。

貴乃花親方が異質だったことは2018年9月の会見を聞いているとよくわかる。「自死」をほのめかしていたからである。経済的困窮もないのに生業のために自殺する人はいない。自死という考え方が出てくるのは(少なくとも日本人にとっては)それが個人を超越した崇高な何かだからである。それくら貴乃花親方は他の親方と違ってしまっているのだ。

相撲協会がガバナンスに興味がないのは明白である。相撲茶屋の利権は頑なに守られているが、一方では反社会的な行為が蔓延している。まずは新弟子を暴行で死なせてしまった事件(2007年)が起こった。さらに外国から力士を入れたところで大麻事件(2008年)が起こる。これは外国人だけでなく日本人にも広がったようである。さらに力士が野球賭博(2010年)を行っていたことも問題になった。さらに2011年には長年語られていた八百長が現実に行われていたことも発覚した。だが、相撲は興行でありスポーツではないのだから、面白ければ八百長があっても構わない。だが、国技とか公益性のあるスポーツだといわれるとこれらは大きな問題になる。

にもかかわらず税制上の優遇措置を受けるために公益法人化したことでさらに事態が悪化する。つまり、実態は単なる相撲部屋のにらみ合いのための組織である相撲協会にやるつもりがない「ガバナンス」という役割が押し付けられてゆく。

今回の日馬富士暴行事件の原因は、相撲協会でも部屋でもないところにモンゴル人閥という新しい集団ができてしまったということだった。公益ですら相撲興行を維持することは難しくなり、外国人を雇い入れたために文化マネジメントまでやる必要が出てきた。だが、力士出身の彼らにそのようなスキルはない。

もともとは利権をめぐる争いだったのだが、突き詰めてゆくと、相撲とは一体何なのか誰も答えられなくなっているところに問題がある。本質はこれが興行なのか、国技なのか、それとも国際化されたスポーツなのかという問題だ。そして、これはもはや遺物になってしまった貴乃花親方を排除したとしても解決できない。

2017年末の貴乃花親方の立ち位置はとても不明確だった。彼は理事会が調査権限を持つことを嫌っており部屋の独立性を維持したい。しかし、理事会を掌握して相撲協会を抜本的に解決したいとも思っている。しかしその態度は徐々に変わってゆく。まず理事ではなくなり経営を外から見ることができるようになった。それでもプレッシャーは無くならず文書によらない決定が人づてにほのめかされたり「善意の助言」を受けるうちに、ああこれはダメだなと気がついたのではないだろうか。2018年の9月時点では「もう戦うつもりはない」と言っている。

もちろん、本当のことは誰にもわからない。しかし、貴乃花親方が相撲を守りたかったのは、自分が親たちから受け継いだ相撲道を追求したかったからなのだろう。しかし、そんな相撲道はもうないということに親方は気がついてしまったのではないだろうか。

興行的な相撲から見れば、大相撲は「公益性」という嘘をついてしまったために、その嘘を本当の姿だと勘違いするモンスターが生まれてしまったことになる。精神性というのは利権を守るための物語なのだが、いったん利権構造から切り離されてしまうとそれが純化されて一つのイズムを生むのである。一方外から見ている我々は「公益」とか「スポーツ」という類型で相撲を見てしまうので、貴乃花親方に過剰な改革を期待する。

貴乃花親方がここから降りたのは正解だった。彼がそこから降りたのは結局弟子の成長を最優先したからだ。彼は最終的に興行的な利権でも彼の持っている精神性の追求でもなく、スポーツのコーチのように弟子を応援する道を選んだのである。貴乃花親方は最後の挨拶文で「神のご加護を」というようなことを言っている。新興宗教の信奉者であると言われているので、相撲道と自身の信仰を重ねていたのだろうが、本当に弟子たちのことを思うことで一つ視点を大きくした様子がうかがえる。ただし、日本人は個人が信仰を持っていることをタブー視する上に確かに怪しげな側面もあるようなので、これをマスコミが伝えることはないだろう。

日本相撲協会はこの嘘に振り回され続けるか、それとも天皇杯を返上して単なる部屋の一群による村落的な興行団体に戻るかという二つの選択肢しかないのではなかった。貴乃花親方が協会にい続ければ、現在の相撲協会を破壊してしまうのは間違いがなかったであろう。協会は貴乃花親方を排除したことで一応の危機からは逃れることができたわけだが、根本的な矛盾がなくなったわけではない。むしろ、根本的な矛盾を自分たちで解決できないことが露呈したことになる。一旦人々の意識に登ってしまった以上それが消え去ることはないし、貴乃花は偉大な力士なので、このことは後世まで語られることになるだろう。つまり、相撲協会は矛盾を解決する意思も技術もなく、矛盾が忘れ去られることもない。従って、協会はこのまま混乱しつつ衰退するのではないだろうか。

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