自己愛に潜む暴力

孤独と共感」に「自己愛に潜む暴力」という記事があった。人はなぜ虐待や言葉による暴力を繰り返すのかについて考察している。つまりTwitterで意見が異なる人を攻撃するのはどんな人なのかというような話である。




相手に暴力を振るう人は自己評価の低さに悩んでいると教科書には書いてある。だが、カウンセラーなどの実務家はそれには当てはまりそうにない事例があるとうすうすは知っている。心理学では有名な「自己評価の低さが暴力につながる」という周知の事実を科学的に解明した人は誰もいないのだそうだ。

この論文の著者R.F. バウマイスターは自己評価が脅かされた人が暴力を振るうようになるというegotism(脅かされた自己中心主義)という仮説を考えて実験してみることにした。自己評価が高い人が下方修正を迫らると防衛のために相手に殴りかかることがあるという仮説である。

ジョージア大学のカーニス教授が1980年代に行った研究では自己評価が高くなおかつ変動がある人に高い攻撃性が見られたという。高くて安定している人は攻撃性が最も低く、もともと低い自己評価の人は中間の攻撃性を持つという。犯罪者の中にも自己評価が高い人たちがいるし、チャイロットの著作「Modern Tyrants」は誇りが高く当然受けるべき敬意が払われていないと考える国の間で戦争が多発すると指摘している。さらに今まで培ってきた高い自己評価が破産やスキャンダルなどによって損なわれると自殺(これは自分に対する攻撃である)を選ぶ人もいる。

経験的に自己評価の危機が攻撃性をうむという事例はあるが、対照実験がないのでこれをもって「高い自己評価が攻撃性を生む」という仮説を証明することはできないだろう。

そこでR.F. バウマイスターはまずナルシシズムのある人と攻撃性について調べてみることにした。ナルシシストは極めて高い自己評価を持っている。自己愛(ナルシシズム)は肥大した根拠のない自己評価と言ってよく、したがって他人から「正当に」評価されないことがある。ナルシシズムについてはタルサ行動研究所のラスキンの指標を用いた。

  1. 肥大した誇大な自己観を持つ。
  2. 偉大さを示す幻想にとらわれる。
  3. 自分は特別なので特別な人間しか自分を理解できないと考えている。
  4. 過剰な賞賛を求める。
  5. 根拠のない過剰な権利意識を持つ。
  6. 他人を自分の目的のために利用する。
  7. 他人の感情に共感できない。
  8. 嫉妬しやすく、嫉妬されていると思い込んでいる。
  9. 傲慢で尊大。

自己評価と自己愛(ここでいう自己愛というのはナルシシズムのことである)は別の指標なので二つとも調べた。自分が得意分野を持っていてそれを自覚していても傲慢にならない人もいるからである。そのあとで小論文を書かせ「他人が評価した」という触れ込みの良い評価と悪い評価を渡す。さらにその評価をしたちいう人に会わせる。そのあと「反応時間を調べる」と嘘の説明をして大音量を聞かせる実験をした。大きな音を出すと相手はひるむので攻撃性の指標になるのだが、実験者には「反応時間を調べているのだ」と行動を正当化する説明が与えられている。

予想通り低い評価を聞かされたナルシシストがもっとも攻撃的になった。ナルシスストでない人の攻撃性は低かった。さらにナルシシストに別の相手(評価をした相手ではない)を当てると彼らは攻撃的にならなかった。つまり、ナルシシストは自分の評価を低めた人を攻撃するが誰でも攻撃するわけではないのだ。

ナルシシストはいつでも攻撃的になるわけではない。それが脅かされていると考えている時だけ暴力的になるのである。

ナルシシズムが条件付きで暴力を生むとすれば、自己評価が低い人を無理に褒めるのは危険かもしれない。自己評価を肥大させ自己愛的な傾向を強める可能性があるからである。根拠がない自己評価を与え続けられた人は常に承認を求め続けるようになるだろうし、そのバブルが弾けた時相手に対して攻撃性を向けるであろうということになる。

自己評価を肥大させるのは親などの周りの大人かもしれないし集団なのかもしれない。

いじめなどいろいろな分析に使えそうな実験だが、例えば日韓の関係に当てはめるのは簡単だ。日本人は東洋唯一の優等生として高すぎる自己評価を持っていたのだがバブル崩壊後その自尊心が傷つけられた。しかしそのままでは自己愛が満たせない。そこでそれを攻撃してくる韓国に対して過度の攻撃性を見せるようになったという説明ができる。また、「日本すごいですね」という番組も自己愛の確認である。日本人は自分たちが経済的に成功しているというよりも西洋から注目されちやほやされる存在でいたいのである。

さらにトランプ大統領を支持している白人も、もともと国内の有色人種を見下しておりさらに経済的な成功を手にしていたと考えることができる。彼らが没落したのはAIやオートメーション化のせいかもしれないが、そうとは認められない。だから自己評価が傷つけられた結果として中国やメキシコに攻撃性を向けているのだという説明をすることができる。トランプ大統領のように肥大した自己評価を持っている自己愛の強い人間が彼らの王となり「多少の嘘はやむをえない」として賞賛されているのは実は当然のことなのかもしれない。

こうした議論をどうやって沈静化させられるのかを考えるのは面白いが、彼らを褒めれば自己愛が肥大化するだけだ。かと言って否定すれば攻撃される。そうなると「彼らが求めている餌(賞賛)」はここにはありませんよとするのが一番良い方法に思える。だが、そのためにはスルーする側が安定した自己評価を持っていなければならない。

SNSは脅かされた自己中心主義同士が接触する危険性をはらんでいる。彼らが攻撃性を帯びた競争を始めた時、その議論は全て戦争状態に突入してしまうのである。その議論には落としどころがなくしたがって延々と続くだろう。